ジュムフリイェト紙裁判2日目
2017年07月25日付 Cumhuriyet紙


「テロ組織のメンバーではないが、組織の名の元で罪を犯した」罪で逮捕された本紙の編集者、記者、特派員、そして弁護士に対する裁判は、彼らが逮捕されてから9か月後、起訴状が準備されてから3か月後に始まった。12名が拘留中で計19人が起訴された裁判の3日目、起訴の根拠として挙げられた寄木細工職人、ピデ屋、修理工、旅行業者との繋がりが否定された。

ジュムフリイェト紙の裁判2日目、ムラト・サブンジュ編集長は、本紙に関する中傷に対し答えた。報道関係者を脅すために裁判が開かれたと話したサブンジュ氏は、「我々にどんな代償を支払わせようとしても、我々はムムジュ、セルチュク、ディンク、アンテル、ギョクテペの歩んだ道から退かなかったし、これからも退かない」と述べた。

■ジュフリイェト紙から組織の人間を見つけることはできない

本紙のビュレント・ウトゥク弁護士は、最近起きた法令違反の例を挙げ、「時代の精神が我々を運んだのが今いるこの地点だ。私はこの状況に、また精神に反対である。人間には勇気を持つ権利がある。私はこの権利を最後まで使う」と話し、「ジュムフリイェト紙から組織の人間を見つけ出すことはできない」と述べた。

■探していた人はピデ職人だった!

ジュムフリイェト紙の監察員ギュライ・オズ氏は、FETÖ容疑のある人物と連絡を取ったという罪状に驚くべき回答をした。「私が連絡をとったと主張される人は、チャンカヤのあるピデ職人だ。たまに注文していたピデ屋が捜査されていた人物だったことを知るなど、どうやったらこんなことが起こるのか。」

■所有ではなく、選挙
ジュムフリイェト財団執行部のオンデル・チェリキ氏は、財団の選挙を理由に裁判が開かれたことは法に反していると強調しながら、「財団は誰かが所有するものではなく、選挙が行われる」と述べた。6年前に、自動車修理の代金として345トルコリラを送金したが、その口座の持ち主が8年前に働いていた会社が捜査されたために、自分に容疑がかけられたと説明し、「あまりに行き過ぎている」と述べた。

アフメト・シュク氏は、「裁判のために今週は面会の権利が与えられない。この問題は裁判官らが解決できるだろう」と述べた。
アフメト・シュク氏はオンデル・チェリク氏の弁護が終わってから、発言の許可を求め、こう述べた。「我々の刑務所内での権利が狭められている。今週、我々は家族に会う週だったが、『もし裁判に行かずに、ここに残れば面接権を使うことができる』と言われた。つまり、刑務所にいるか、あるいは第27重罪裁判所に行くかだ、と言いたいのだ。よって、この問題はあなた方が解決するものとなるだろう。」

■まるで人質の検察官

本紙のムスタファ・ケマル・ギュンギョル弁護士は、ムラト・イナム検察官に関して重い終身刑が科せられたことを指摘し、「まるで人質の検察官」が始めた捜査で拘束されたことを強調。検察官は有効でない判断により自分たちを告発しているとして、「集団懲罰は、宗教裁判の時代にすらなかった」と話した。

■我々は全てを要求する

本紙の記者、絵描き、特派員と編集者の裁判を追う「ジュムフリイェト紙裁判連絡会」は、「この裁判はトルコにおける民主主義の存在の有無と、報道と表現の自由をはじめとする、全世界で認められた普遍的位置にある権利と自由を行使できるか否かが試されている裁判だ」と述べた。

ジュムフリイェト紙裁判連絡会、裁判を追う弁護士と「(刑務所)外の新聞記者」イニシアチブは、本紙の裁判2日目にチャーラヤン裁判所に集まった。「我々は全てを要求する、これは共和国(ジュムフリイェト)の裁判だ」というプラカードや、「公正、真実、自由」と書いたポスター、拘束されているジュムフリイェト紙の人々の写真などを掲げた。発表で最初に口を開いたケマル・アイタチ弁護士は、この裁判が世界中のニュースになるとして、「裁判は2日間続いている。これまで4人の友人の弁護と証言が行われた。正しくは、我々の友人は証言するのではなく、取り調べを受けている。我々はここにいる友人らと共に公正と自由を追い求める」と述べた。
連絡会の名で発表を読み上げたエルトゥールル・マーヴィオール記者は、この裁判の結果が大変重要であるとして、トルコで150以上の新聞記者が拘束されていると述べた。非常事態宣言の下出された特別政令により何百人もの人が失職してしまったと述べるマーヴィオール氏は、「何千人もの新聞記者がこのプロセスで失職した。権力はメディア組織を掌握したか、あるいは屈服させた。わずかに残った反対派のメディアも、刑事裁判や罰金による圧力で一掃されようとしている。検閲の撤廃から109年目(訳注:オスマン帝国末期に適用され、1908年の青年トルコ革命後に撤廃された)に始まったジュムフリイェト紙裁判は、何の根拠もなく、嘘と誤った主張が続く中、まだ最初の2日目だというのに、その内容は裁判をまったく無駄なものとするのに十分だ」と話した。マーヴィオール氏は、拘束されている新聞記者を自由にするよう要求した。

■ETSツーリズム

本紙ハカン・カラ記者のFETÖとの繋がりの証拠として挙げられたETSツーリズムとの関係も、崩れた主張のひとつだ。カラ氏はこの主張に対し以下のように答弁した。
「登録された罪状を、私はひとつとして認めない。私はこれらの人物を知らない。リストの最後にETSツーリズムがある。ETAツーリズム社に対するFETÖ捜査が続いているらしい。それも、2014年からずっとだ。ETS会社はトルコでよく知られた旅行会社の一つだ。私は刑務所で寝た9か月の間、ほぼ毎晩テレビでETSツーリズム会社の広告を見た。
ほぼ毎週読んでいた新聞に、丸々1面を使ったETSツーリズム社の広告が出ていた。いくつかを抜き取ったので、これらを裁判に証拠として出したい。
私がETSツーリズム社と電話で話をしたのは事実だ。2015年に子供と快適に過ごそうと「赤ちゃんにやさしい」安いホテルを探しており、ETSツーリズム社のウェブサイトでそれを見つけた。その後、カンヨン・デパートに行って予約をした。それから、空港からホテルまでの移動について詳しい時間を知りたかったため、何度か会社の担当者と電話で話した。これが、罪だというのか?

もしこの会社を通して予約をし、電話をすることが罪であるというのなら、どうやって新聞で大きく広告を出すことができるのか?この会社をすぐに閉鎖しなくて良いのか?この会社は毎年60万人と問合せや契約の関係を持っていると言われている。会社に関して2014年に捜査が始まったというが、毎年60万人が会社と関係を築くとすると、2014年を含めて2017年まで4年が過ぎた。つまり、今日まで240万人が会社に電話をかけたということだ。つまり、240万人が罪を犯したかもしれないという状況である。このような告訴があり得るだろうか?これは理に適うことだろうか」と述べた。

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(翻訳者:内山千尋)
(記事ID:43059)