スレイマン1世の没地、世界遺産の候補に?ーハンガリー
2017年09月02日付 Hurriyet紙


1566年にズィゲトヴァル城包囲の際に没した「立法者」スレイマン1世の墓がみつかったという、ハンガリーとトルコの歴史学者や研究者らによる4年前の驚くべき発表の後、大きな進展があった。

BBCトルコ語版によると、ハンガリー政府と関係組織は、トルコの協働組織の協力で「立法者」スレイマン1世の廟が見つかった区域を「特別文化遺産」として世界遺産への登録を望んでいる。

 ハンガリー政府とトルコ協力開発機構(TİKA)によって援助された研究では、空撮と地下調査ののち、実際に考古学的な発掘が行われた。結果は、期待を超えるものであった。発掘現場には、数百年の中で失われたスレイマン1世の廟、モスク、修道場、兵士の駐屯所、これら建物で働いていた一般の人々が暮らした建物の遺構があった。

■ 廟の周囲に小さな集落

 専門家による発掘の結論は、この区域には廟だけではなく、廟の周囲に形成された小さな集落があったというものだ。発掘が新たな段階に進んだ現在、ハンガリー政府は発掘が行われる範囲を拡張するために、周囲の土地を買い上げる決断をした。ズィゲトヴァルには、廟の発見より前に建設されたトルコ・ハンガリー友好公園のほか、廟の周囲に造られる新しい空間が、地域の様相を一変させるだろうと考えられている。「立法者」スレイマン1世の廟が中央ヨーロッパで文化観光の目玉になり得る。発掘中でさえもヨーロッパ各地から、廟を訪れるためにバスでやって来たトルコ人の存在も、この期待を後押ししている。

■ズィゲトヴァルで没する

 「立法者」スレイマン1世は、1566年のズィゲトヴァル包囲中に命を落とした。遺体はイスタンブルへ運ばれたが、内臓はズィゲトヴァル包囲の際大帝のテントがあった場所へ埋められた。その後、オスマン帝国支配下にあった時代に廟となったこの墓は、以後数百年の中で失われていた。

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(翻訳者:甲斐さゆみ)
(記事ID:43327)