コンヤ・アレエッテインモスクの石門、取り返しのつかぬ破壊
2017年09月30日付 Hurriyet紙


アンタルヤ県コルクテリで、およそ800年前のセルジューク朝時代に建てられたアレエッティンモスクの修復作業中に、石造物の無二の傑作である装飾門が破壊された。門があった場所には、工場で作られた石でまったく別の建造物が置かれた。「歴史の抹消」の悲痛な経緯は次の通りだ。

■ユネスコ世界遺産に匹敵

石造物の中でも非常に珍しい作品の一つである装飾門は、科学文献への掲載を果たしている。ユネスコ世界文化遺産リストに加わった「ディヴリーイの大モスクと病院」の装飾門に似ているとして注目を集めた構造は、アフメト・チャイジュ教授が1994年に発表した准教授論文で、『ルーム・セルジューク朝以降に現れた新しい模索の中でも、地方君侯国の芸術への取り込みの珍しい例の一つだ』と特徴づけられている。

■再び契約

ヒュッリイェト紙は、2016年1月13日に、『アナトリアで修復中の不祥事』という見出しで、君侯国の時代から800年を経た装飾門が解体され、石の欠片が無造作に周辺に散らばっており、付近には警備員すらいなかったと報じた。

この歴史的な門を組み立てていた石は砕かれ、石片の山となって辺りに散らばっていた。運命に見放されたこの歴史ある建造物のことが報道されると、ワクフ総合管理局が調査を始め、門の解体はアンタルヤ保護委員会の決定によるもので、状態の良い石はナンバリングをした後倉庫に保管されていると主張した。しかしながら、修復を行う業者が作業から手を引いた。3月にもアンタルヤワクフ地方管理局は、『アレエッティンモスクの修復と周辺整備(正門修復作業)』と称して新たな契約を行った。2018年1月14日までに終了する条件で、ボユトグループ修復会社が48万リラで入札した。保護委員会によって承認された計画により、門の再建が始まった。

■写真で残るのみ

修復作業を現地で調査するために、我々は再びアンタルヤのコルクテリ郡に向かった。歴史的モスクの門では、大急ぎで作業が行われていた。工場で作られた石灰石が使われ、修復基準に達しないまま壁が高く作られていくのを見た。無二の美しさを持つ装飾門の痕跡は残っていない。歴史的な門に芸術史の観点から価値をもたらす装飾品やモチーフの多くは最早ない。静的な理由で壊され、新しい石で一から作られており、当初のオリジナリティは完全に失われたようだ。

■戻ることはない

専門家は、崩壊せず完全になくなってもいない、静的に問題のあった建造物が解体され、すべての特徴が損なわれたことは承認できないと述べ、構造を補強する方法を用い、装飾門の独自性を損なわずに修復し、周辺強化を行うべきという考えを示した。しかし現在の状況では、歴史的な門を復元できないほど壊されてしまっている。

■破す際に散らばった

修復現場で指揮を執る土木技師は次のように説明した。「かなりひどい解体だったようです。実際、解体とすら言えないでしょう、粉砕です。散らばった石は下にある地区からも集めました。無作為に投げられのです。そのうちいくつかには番号が振られましたが、ジグゾーパズルのように見つけることが出来ません。門の石は道路脇に積まれた後、役所の道路工事が行われ、ほとんどがなくなったようです。この門の解体方法も誤っています。今、私が見つけられた石を、その場所に置いています。見つけられなかった石も、再形成しようとしています。しかしできるのはここまでです。半分以上はありません。」

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(翻訳者:川田知果)
(記事ID:43485)