アルジェリア:カマール・ダーウド氏によるアラビア語批判・「アルジェリア語」論は矛盾だらけである(3)
2017年10月20日付 al-Quds al-Arabi紙

■カマール・ダーウドとアルジェリアにおけるアラビア語の問題

【イギリス:マウルード・ベン・ザーディー】

矛盾はダーウド氏の「私の言語はアルジェリア語である」という発言にも露呈している。もしそうであるならば、彼はどうして小説作品を執筆するときにそのアルジェリア語を用いないのだろうか。1913年にノーベル文学賞を受賞したインドの文豪ラビンドラナート・タゴールは、英語という世界的言語の偉大さと、永らくイギリスの王冠に屈服してきたインド世界において英語が深い影響を持っていたにも拘わらず、英語だけではなく、彼の言語であるベンガル語と英語で著述したではないか。カマール・ダーウド氏はまた、「私の言語はアルジェリア語である」と言う時、「言語」という語の意味を誤解しているようである。アルジェリアの人々が話しているのは、「言語」ではない。地域ごとに異なる「方言」である。一部の地域方言は、フランス語の言い回しによって覆われている。地域方言は規範文法には従わず、政治的なスピーチや宗教行事、そして文学的な著述にすら相応しくない。それではダーウド氏は、いかなるアルジェリアの言語について語っているのであろうか。その言語の特徴は何なのだろうか。彼はいかなる文字で、その言語を記すのだろうか。当局や官庁がアラビア語よりもフランス語を使用する傾向があるということに疑いを抱く者は社会の中にひとりもおらず、そしてダーウド氏自身もこの現状を目の当たりにしているにも拘わらず、彼は「アラビア語は当局の言語である」と考えている。ダーウド氏は、アラビア語を宗教家の言語であるとみなしている。しかし実際のところ、アラビア語はイスラームに限られているわけではない。多数の宗教がアラビア語に関与しているのである。アラビア語の最古の記述は、シリアのアレッポとハッラーンの教会の壁に見られる。キリスト教徒の翻訳家たちは、ギリシア文学のアラビア語翻訳に貢献した。19世紀の終わり頃から20世紀の初頭にかけて、南北アメリカ大陸に移住したアラブ人の文学者らは、アラビア語によって著述した。彼らはキリスト教徒であった。ブトゥルス・ブスターニーのようにアラビア語に影響を及ぼしているキリスト教徒の重要人物を、私たちは忘れてはいない。ブスターニーはアラブ文化復興運動の先駆者のうちの一人であり、アラビア語による最初の百科事典の編纂者である。同様に、ユダヤ教徒もアラビア語を会話と著述に使用した。そのようなユダヤ教徒に、アンダルシアのユダヤ教徒がいる。カマール・ダーウド氏は「聖なる言語は、死に絶えた言語である」と考えているが、歴史はこれを否定している。例えば、ヘブライ語と聖書との結び付きが、ヘブライ語を話す民が離散して、彼らがそれを話すことを止めた後も、何世紀もの長きに渡ってヘブライ語を保持した。この結びつきは、ヘブライ語が死した後、それを再生することに貢献した。

(記事ID43708 に続く)

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(翻訳者:了源康平)
(記事ID:43707)