小さな巨人スレイマンオール、死去ー重量挙げで金メダル
2017年11月18日付 Cumhuriyet紙


重量挙げ界のもっとも重要な選手であり、「小さな巨人」と呼ばれたナイム・スレイマンオールが亡くなった。同選手は肝臓移植を受け、集中治療を受けていた。ブルガリアで生まれたスレイマンオール氏は、トルコ代表として戦ったソウルオリンピックで6つの世界記録と9つのオリンピック記録を打ち立てた。これらの記録は未だ並ばれていない。スレイマンオール氏の遺体は、今日(18日)正午の礼拝の後、ファーティフ・モスクから運び出される。

肝硬変による肝不全のため9月28日から現在までアタシェヒル記念病院の集中治療室で治療を受けていたオリンピックチャンピオンにして世界チャンピオンの元重量挙げ選手ナイム・スレイマンオール氏に、10月6日に病院の臓器移植センターのセンター長ヤルチュン・ポラト博士とそのチームが手術を行い、肝臓移植が行われた。

移植後、肝臓の機能は良好な状態に至り、移植による重大な問題もなかったスレイマンオール氏は、脳出血による浮腫によって1ヶ月以上集中治療室で治療を受けていた。スレイマンオール氏は深刻な健康状態が続き、脳出血と浮腫が増えたため手術を受けた。しかしスレイマンオール氏は、あらゆる治療にも関わらず、治療を受けていた病院で亡くなった。

■医師とシャーヒン知事が会見

ナイム・スレイマンオール氏の死去に関してイスタンブルのヴァースィプ・シャーヒン知事とヤルチュン・ポラト医師が会見を行った。ヴァースィプ・シャーヒン・イスタンブル知事は、ナイム・スレイマンオール氏の死後病院を訪れた。シャーヒン・イスタンブル知事は、オリンピックチャンピオンにして世界チャンピオンの元重量挙げトルコ代表ナイム・スレイマンオール氏の死に関して医師らから説明を受けた後、会見を行った。シャーヒン知事は病院の前で会見を行い、「葬儀は順調に行けば明日ファーティフ・モスクで正午の礼拝の直後に行われ、エディルネカプで埋葬される。先生方と病院のスタッフの方々、この件に関して密接に関係し努力をした皆様に感謝している。神の御慈悲がありますよう」と述べた。

■「今日14時50分、ナイム・スレイマンオールを失った」

病院の臓器移植センターのヤルチュン・ポラト・センター長は、「この件の特質である一連の問題が起こった。あらゆる医療プロトコルと治療を広範なチームとの合意で決定し、行った。あらゆる治療にも関わらず、ナイム・スレイマンオール氏を今日14時50分、我々は失った。ご冥福をお祈りします」と述べた。

■「メダルを失っていた時代に故オザル大統領の登場とともに希望となった」

元レスリングトルコ代表選手ハムザ・イェルリカヤ氏も短い会見を行い、「ナイム・スレイマンオールは我が国がオリンピックでのメダルを失っていた時代に故オザル大統領の登場とともに希望となった。3つのオリンピックでチャンピオンとなり自身の体重の3倍を持ち上げることができ、破ることの出来ない記録を打ち立てた選手仲間だった」と述べた。

■エルドアンの声明

レジェプ・タイイプ・エルドアン大統領は、オリンピックチャンピオンにして世界チャンピオンである元重量挙げトルコ代表ナイム・スレイマンオール氏の死に関して、書面での声明を行った。声明では、次のように述べられた。「オリンピックチャンピオンであり我が国の重量挙げ代表選手であるナイム・スレイマンオール氏の死を、深い悲しみとともに聞いた。若い頃から成功を手にしてスポーツ史に名を記し、重量挙げの世界で我が国に栄光に満ちた勝利を与えたナイム・スレイマンオール氏は、常に愛情と敬意をもって語られるだろう。亡きナイム・スレイマンオール氏に神の慈悲がありますよう。彼の家族と彼が愛した人々、スポーツ界にお見舞い申し上げる。」

■「国民にお悔やみを」

エルドアン大統領は、ツイッターのアカウントからも、「我々の世界チャンピオンでありオリンピックチャンピオンであるナイム・スレイマンオール氏が慈悲深き神の慈悲の元に旅立った。彼のご家族にお悔やみを申し上げるとともに、国民にお悔やみを申し上げる」とのメッセージを共有した。

■バク・スポーツ大臣から哀悼

オスマン・アシュクン・バク青年スポーツ大臣も哀悼のメッセージを発表した。オスマン・アシュクン・バク大臣のメッセージは以下の通り。
「我々は、トルコスポーツ界の伝説的人物の1人であり、世界に輝かしい名を残したオリンピックチャンピオンであり重量挙げ代表選手のナイム・スレイマンオール氏を失ったことの深い悲しみの中にいる。オリンピックを始めとして我が国に初めてのことをもたらした国際的な諸機関に輝かしい月と星の旗を掲げさせ、トルコ国歌を何度も世界中に響かせ、国民に言いようのない喜びを呼び起こした国民的な誇りであるナイム・スレイマンオール氏に、神のご慈悲を。そして悲しみにくれるご家族と親しい方々にお悔やみを申し上げるとともに、国民にもお悔やみを申し上げる。」

■ナイム・スレイマンオールの業績

ナイム・スレイマンオールは、1967年1月23日にブルガリアで生まれた。ナイム・スレイマンオールは、1977年に重量挙げを始めた。
15歳のときブラジルで行われた重量挙げ世界ジュニア選手権で52kgで2つの金メダルを獲得し、チャンピオンとなった。同時期にジャーク競技で体重の3倍を持ち上げた2人目の重量挙げ選手として歴史に残った。16歳で記録を打ち立て再びチャンピオンとなった。こうして、重量挙げの歴史の中で最年少で世界記録保持者の地位を得た。

2つの世界記録を15歳で打ち立てた。
1984年、1985年、1986年に世界で「今年の重量挙げ選手」に選ばれた。
1988年のソウル、1992年のバルセロナ、1996年のアトランタオリンピックで3度オリンピックチャンピオンとなった。
8回世界チャンピオンになり、46の世界記録を打ち立てた。
自身の体重の3倍以上を持ち上げ、「伝説」となった。
スポーツ界の権威者たちによると、「これまでで最高の重量挙げ選手」である。
1988年にTime誌の表紙になった。
60kgでスナッチ競技で200kgを持ち上げ、世界記録を打ち立てた。
1988年にソウルオリンピックで9つの世界記録と6つのオリンピック記録を打ち立て、大勝利を獲得した。
トルコにオリンピックでレスリング以外で初めての金メダルを獲得した選手である。
1992年に国際重量挙げ報道委員会によって「世界最高の選手」に選ばれた。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


(翻訳者:永山明子)
(記事ID:43783)