イエメン:フーシー派が降伏したサーリフ元大統領を処刑、フーシー派指導者はこれを「歴史的な日」と讃える
2017年12月05日付 al-Hayat 紙


■イエメン:フーシー派が降伏したサーリフ元大統領を処刑、フーシー派指導者はこれを「歴史的な日」と讃える

【リヤド、アデン、ニューヨーク:本紙】

国民全体会議党(GPC)党首を務めるアリー・アブドゥッラー・サーリフ元大統領が、フーシー派により殺害された。フーシー派は先週水曜日(11月29日)まで、事実上の権益を背景にサーリフ元大統領と連携していた。サーリフ元大統領とGPC幹部複数は昨日(4日)午前、3台以下の警護車列で首都サナアを発った。同日正午、クマイム・モール付近サフル通り沿いにあるサーリフ元大統領の邸宅を襲撃・爆破した。襲撃の前にはフーシー派民兵とサーリフ元大統領の警護隊の間で激しい戦闘が発生し、並行して他のいくつかの地区でも同様の戦闘が前日の深夜から続いていた。これらの戦闘で、双方から何十名もの死傷者が出た。

アブドラッボ・マンスール・ハーディー大統領はイエメン国民に対してフーシー派への蜂起を呼びかけ、同派との闘いにおいて新たなページを開くことを求めた。ハーディー大統領は衛星放送「アル=アラビーヤ」を通じてスピーチを行い、その中で「テロ・犯罪集団であるフーシー派民兵の圧制の下に屈しているすべての県に住む全イエメン国民に告ぐ。フーシー派に対して蜂起・抵抗し、彼らを排除せよ。そうすればサナアに駐留する勇敢な我が軍が諸君らを助け、支えるだろう。我々は既にそのように指示した」と述べ、「すべてのイエメン国民の闘争・犠牲、そしてサウジアラビア王国が主導するアラブ連合軍の同胞の支援により、サナアは勝利し、かつてのようにアラブに回帰するだろう。」と述べた。また、イエメン大統領府筋によると、ハーディー大統領はマアリブにいるアリー・ムフシン・アフマル副大統領(大将)に対し、国軍と人民抵抗勢力(注:フーシー派のクーデタ後に形成された反フーシー派民兵組織)部隊のサナアに向けた進軍を加速させるよう指示した。

ニューヨークでは、ハーリド・ヤマーニー在米イエメン大使が安保理に対し、「フーシー派民兵組織がイエメン国民に対して行っている犯罪行為」を非難する明確な立場を示すよう訴えた。同大使の訴えは、安保理がイエメン情勢を協議するために今日(5日)行う会議の前夜になされた。同会議では、イスマーイール・ウルド・シャイフ・アフマド国連事務総長イエメン担当特使による報告も行われる。同大使は、安保理は「国を乗っ取り、殺人・破壊行為を継続し、市民を人間の盾として使い続けるこの民兵集団を糾弾すべきである」と述べた。

イエメン国防省はウェブサイト上で、フーシー派はサナアを発ったアリー・サーリフ元大統領をサンハーン地域で待ち伏せて襲撃したと述べ、サーリフ元大統領には息子のサラーフ氏とGPC総書記のアーリフ・ズーカー氏、そして総書記補佐のヤースィル・アワーディー氏とムハンマド・アブドゥッラー・ナージー・カウスィ―氏が同行していたと伝えた。SNS上では、サーリフ元大統領の死亡を確認する写真や動画が活動家らの間で出回った。一方、その息子やアワーディー氏、ズーカー氏、カウスィ―氏の写真は上がっていない。

GPCに詳しいサナアの情報筋によると、サーリフ元大統領に対し警護隊からサナアをすぐに離れるよう進言があった。その後、サーリフ元大統領はアーリフ・ザウカー氏やヤースィル・アワーディー氏と共に装甲車ではない銀のランド・クルーザーに乗車し、2台の警護車とともに出発した。この小さな車列はセキュリティー・ポイントを通過してサンハーン地域に向かった。車列がサナアを出て30分が経過した頃にフーシー派が車列の身元を突き止め、武装した20以上の集団がこの車列を追いかけた。車列はマスウード村の隣にあるサンハーン地区のダブル・ハイラ村の近くまでたどり着き、そこでサーリフ元大統領の警護隊は車列を追いかける武装集団を食い止めようとした。警護隊はサーリフ元大統領とその同行者が乗る車がマスウード村の方へ逃げる隙を作るため、武装集団の一部と衝突した。しかし、フーシー派は車列の車をRPGで爆破し、機関銃を浴びせて車の中にいた人物を全員殺害した。

同情報筋によると、フーシー派の集団はサーリフ元大統領の乗る車を追いかけ、車のタイヤや車体に銃弾を浴びせかけた。そのためサーリフ氏(の車)は停車し、同行していた者達とともに投降せざるをえなかった。しかし、フーシー派の部隊長は部下の民兵に対し、サーリフ氏とその同行者を拘束し公道から約20メートル離れたところへ連れて行くよう命じ、彼らはそこで頭部を撃たれ処刑された。従って、(フーシー派が)彼らの遺体を撮影しサーリフ大統領の遺体を惨いやり方で辱めたことは、フーシー派の残酷さに対する国民の怒りを引き起こした。

フーシー派の指導者アブドゥルマリク・アル=フーシー氏はサナアおよび支配下にある各県の同派民兵組織に対しGPCの全司令部を襲撃するよう命じるとともに、同党制圧に向けてこれより数日・数時間フーシー派が実施する措置に対し異議を唱える者は全員拘束せよとの命令を下した。

サナアおよびイエメン全地域は、サーリフ元大統領がこのような惨い方法で殺害されたこと、そしてフーシー派が敵、とりわけ数日前まで協力相手であったサーリフ氏に対しこのように報復したことについて、驚きに包まれた。一方、サーリフ氏はフーシー派がクーデタを起こし3年前にサナアを襲撃したときから同派が自分の命を狙っており、サーリフ氏との必要に駆られた同盟も同氏を消すという決定を実行に移すためのものだったことを認識していた。

サーリフ元大統領の死亡が発表されると、驚くべきことにサナアでの戦闘が完全に停止した。クーデタを目論む民兵組織(フーシー派)の指導者(アブドゥルマリク・アル=フーシー氏)は姿を現し自身の支持者に向けたスピーチに臨み、その中でサーリフ氏の暗殺を「類を見ない歴史的な日」であると述べ、同氏を「犯罪人であり国を裏切った犯罪民兵集団の親玉」であると形容した。また、アル=フーシー氏はGPCに属する者のうち自身が「誠実」とみなす人々に対して、同氏が「イエメンを守るためのパートナーシップ」と呼称するものの継続を呼びかけた。

昨日夜時点では、サーリフ元大統領の甥であるターリク・ムハンマド・サーリフ准将および同准将に同行していた共和国防衛隊員の消息は不明のままだった。同隊員らは、サナアでの(サーリフ元大統領がフーシー派に対して宣言した)蜂起による戦闘に突入していた。一方、サーリフ元大統領が属するハーシド族やその他フーシー派との諸々の戦闘で殺害されたGPC幹部が属する部族等、親サーリフの諸部族の間には緊張と怒りが走っている。

アラブ連合軍の戦闘機は昨日、サナアおよびその周辺でフーシー派の民兵が集まっている場所や同派が支配する軍事拠点を狙った空爆を実施した。イエメン国内の情報筋は「セプテンバー・ネット」(注:イエメン国軍の運営するニュースサイト)に対し、空爆は首都北部のザハバーン地域にある共和国防衛隊学校や法科学研究所に集まっているシーア派民兵を対象に行われたと述べた。これにタイミングを合わせて、GPCの常設委員会本部やその他ハッダ地区の各所に集まるフーシー派民兵に対しても同種の空爆が行われた。

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( 翻訳者:北本芳明 )
( 記事ID:43904 )