Deniz Zeyrekコラム:なぜ、いまローザンヌ条約か?―エルドアン戦略の「?」
2017年12月09日付 Hurriyet紙

先日、私は「なぜ今、エルサレムなのか」という問いを投げかけドナルド・トランプ米大統領のエルサレムへの1歩を精査した。今回は、「なぜ今、ローザンヌなのか」という問いでタイイプ・エルドアン大統領のギリシャ訪問で起こったローザンヌ条約議論に焦点を当てようと思う。

事件を要約すると、エルドアン大統領は、65年を経てギリシャを訪れる初めてのトルコ人大統領として、訪問前にギリシャのメディアのインタビューに答え、ローザンヌ条約の改定が必要であると述べた。エルドアン大統領は、ギリシャとの接触を始めた後も、ギリシャのプロコピス・パヴロプロス大統領ともアレクシス・チプラス首相ともカメラの前でローザンヌ論争を始めた。

論争の核は、「ローザンヌ条約の改定は可能か否か?」という問いだ。

パヴロプロス大統領は、法律家として「改定はできない」と言っている。エルドアン大統領は「政治家」として「改定できる」と言っている。チプラス首相は、「調印国の各側が同じ考えであれば改定できる」と言っている。

昨日(8日)、2人のトルコ大使に次の質問を向けた。
1)「トルコは、ローザンヌ条約改定のためのキャンペーンを始めるのだろうか?それとも議論は一気に進展したのか?」
2)「トルコはローザンヌ条約のどこを、なぜ、改定したいのか?」
2つの問いに、次のような返答を得た。
「トルコもギリシャもローザンヌ条約を『建国の証書』として見ている。しかし、トルコはエーゲ海の島々と西トラキアのトルコ人の権利に関する変化する状況に従って新たな調整が行われる必要があると信じている。しかし、アテナで見た議論は、一気に進展した。現在トルコが『ローザンヌ条約を改定する』というような予定はない。この議論は、ギリシャ大統領がこの件をカメラの前で話し始めたことで始まった。」

最後の言葉を聞き、私は「しかしエルドアン大統領はギリシャメディアに語った発言でこの件に触れていました」と言った。「ベテランの政治家はメディアの前で論争を始める代わりに新聞に声明を出した。ギリシャ大統領はこれを行う代わりにメディアの前での論争を選んだ」との返答を得た。

2つめの質問に対する返答は以下の通りだ。

「ローザンヌ条約は1923年に調印された。当時の秩序によって今日の問題を解決することはしばしば不可能となっている。ローザンヌ条約で曖昧なまま残されたいくつかの部分で両国を対立させる問題が起こっている。例えば、西トラキアのトルコ人だ。当時は宗教に基づいて少数派と認識された。現在では、民族に基づくアプローチが主流だ。もう1つ問題の地域が、エーゲ海の島々だ。我々は、我々に属するものであると言っており、彼らは自分たちのものであると言っている…。これらも明確にする必要がある。」

では、ローザンヌ条約は法的に改定できるのか?この問いへの答えは実のところ明らかだ。改定できるのだ…。

なぜなら、海峡問題はローザンヌ条約に関わる交渉で最も話された話題であり、条約で海峡に関する調整も行われたからだ。トルコは、ローザンヌ条約における海峡に関する不利益な条項の大部分から、共和国設立から13年後にモントルー条約によって脱却した。条件によっては改定は可能だが、1923年にトルコの新聞を賑わわせた名称で言えば「ローザンヌ平和条約」は、調印国の両者が同じ考えであるときのみ可能となりうる。

つまり、トルコとギリシャ以外に、1923年7月24日にレマン湖畔のボー・リバージュ・パレスで代表団とともに臨席し、その大きな木製のテーブルで条約に調印したUK、フランス、イタリア、日本、ルーマニア、ブルガリア、ポーランド、ベルギー、ユーゴスラビアも…。

もう1つ別の可能性もある。それは、調印国のうち1国が他国に強制するほどの軍事的、または政治的優位を獲得することだ。

ベテランの大使も、「西トラキアのトルコ人の状況が改善されることが必要だ。しかしローザンヌ条約に手を出すことに成功すれば、皆1ヶ所から傷をつけ利益ではなく損失と相対することになりかねない」と警告した。

「外交官は、常にそうであるように、堅実に振る舞っていて、勇敢ではない」と言うこともできるかもしれないが、トルコがこれほど孤立している時期に、大きな軍事的勝利の後に調印されたローザンヌ条約を改定する試みによって起こりうる結果を推定するのは難しくはない。

タイイプ・エルドアン大統領が西トラキアのトルコ人の身に起こっている深刻な問題を言葉にしたことは不可避だ。ローザンヌ条約に伴って諸島の問題が俎上に上げられたことも、共和人民党(CHP)が頻繁に使う「我々の島々は占領下にある」という言葉への答えとなっている。

要約が必要であれば、トルコ政府もギリシャ政府もローザンヌ条約を「証書」として見ている。政治家たちの論争は、内部へのメッセージの向こう側にあるものではない。

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(翻訳者:永山明子)
(記事ID:43931)