ニューヨークで教団シャイフの葬儀
2018年02月19日付 Hurriyet紙


世間では、「トスン・ババ」として知られるバイラクタルオールのために昼の礼拝の後、葬送の礼拝が行われた。葬儀にはたくさん人が参加した。バイラクタルオウルの亡骸は、ニューヨークのジェラヒー・デルギャーフ(修道場)の庭に葬られた。葬儀に参加したトルコ・スーフィズム協会会長オメル・トゥールル・イナンチェルは、「私と40年間友人関係を築いてきたとともに、特に愛と真実を育み、経験させ、それを教えられる人であり、とても有徳のひとであった」と述べた。

■心の娘ホレンが話した

アメリカ人のアイシャ・エレノル・ホレンはというと、バイラクタルオールの心の娘であると述べて、「トスン・ババと40年前にまず友達を介して知り合えた。その時私は若かったし、精神的な意味で正しい道を探していた。彼と知り合うまでは、イスラームについて全く知らなかった。知り合ってから彼の娘のようになってしまい、その関係でムスリムになった」と述べた。

ホレンは、異なる文化や異なる国からの人々を一つにまとめて、トスン・ババの生前同様に死に際してもまとめあげたのは、イスラームが命ずる愛情、思いやり、中庸さであるとし、バイラクタルオールがこれらをいつも持っていたと述べた。

■ロバート・コレッジを卒業し、美術史の教授

イスタンブルで1926年に生まれたトスン・ベキル・バイラクタルオールは、1945年にロバート・カレッジを卒業後、まずはアメリカで一定期間建築の教育を受け、その後ロンドンで2年間美術史を学んだ。その後、再びアメリカに戻って教育をニュージャージーで終えた。バイラクタルオールは、1961年から30年ほどアメリカで絵画、彫刻、芸術史の教授として働いた。1950年代後、パリで始めた画家時代にはヨーロッパとアメリカで多くの個展を開いた。10年ほどモロッコで貿易に従事し、一時期、名誉領事であった。」

1974年にイスタンブルのカラギュムリュク地区にあるジェラヒー・デルギャーフに入ったバイラクタルオールは、ここで知り合った長老(シャイフ)ムザフェル・オズカンからスーフィズムの手ほどきを受けた。1970年代終わりに向けて長老の薦めによりアメリカに戻ったトスン・ベキル・バイラクタルオールは、今日も活動を続ける、アメリカ・ジェラヒー・デルギャーフを作った。トスン・ババが、自身の思い出をまとめた『アメリカのトルコ人、長老トスンの回顧録』という名の本とともに、1940年代に編んだ2冊の詩の本、芸術史に関する多くの論文、スーフィズムに関する英訳、解説した多くの著作がある。

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(翻訳者:新井慧)
(記事ID:44393)