イスタンブル「シェラーフィーイェ地下宮殿」、公開
2018年04月24日付 Cumhuriyet紙


イスタンブルで、約600年前に建てられたと推定されるシェラーフィーイェ地下宮殿が、8年間の復元工事を経て公開された。

東ローマ帝国皇帝テオドシウス2世によって428年から443年の間にヴァレンス水道橋を経て水を貯める目的で建設されたイスタンブル地下宮殿よりも1世紀さらに古いと思われるシェラーフィーイェ地下宮殿は、8年間に渡る復元工事を経て一般公開された。公開記念式典には、イスタンブル県知事ヴァスィプ・シャーヒン氏、イスタンブル広域市長メヴリュト・ウイサル氏、ファーティフ区長ムスタファ・デミル氏、そして多くの招待客が参加した。

■シャヒン県知事:さらに「素晴らしい」イスタンブルで暮らすことができるだろう

イスタンブル県知事ヴァスィプ・シャーヒン氏は、公開前に行った会見で、「私たちが知っているイスタンブルがある。私たちが読んだイスタンブルがある。そしてたった今私たちが生活しているイスタンブルがある。3つの別々のイスタンブルを見てきたわけですが、今日から、おかげさまで、さら見ることはできなかった、しかし、読むことで知っていたイスタンブルを私たちは再び生きるのです。再びイスタンブルは明らかに、そして自身を現し始めている。そう、イスタンブルのかつての素晴らしさを、文明の価値を、文明の痕跡が受け継がれ知られていったその素晴らしい作品とともに再び彩られるのだ」と述べた。シャヒン県知事は、「私たちが30〜40年前に暮らしたイスタンブルと比べ、実際により豊かに、より『素晴らしい』イスタンブルになったと思う」と話した。

■どの文明に対しても敵対行為を行わなかったようだ

シャーヒン氏は、「この建物が他の文明の手に落ちていたならば、解体され異なる状態で保存されていただろう。今日東ローマ帝国とそれ以前の価値がこの土地において未だに根付いていることは実に私たちの民族の、私たちの国の一つの誇りである。私たちはいかなる時もいかなる文明に対しても敵対行為を行わなかったようだ。それらに関連して、それらの痕跡を消すような盲目的な行為は行わなかったようだ。それらを維持し、それらから刺激され新たな作品を創り出し、そして自身を本物の文明たらしめたのである」という表現を用いた。

■どれほど大きな文明がここに存在したかの証拠

イスタンブル広域市長メヴリュト・ウイサル氏は、「イスタンブルには以前に発見された貯水池がある。イスタンブル地下宮殿と、フィロクセノス地下宮殿である。3つ目が今ここにあるシェラーフィーイェ地下宮殿である。実際に過去にイスタンブルがどれほど大きな文明を抱えていたか、私たちはみな、イスタンブルは3つの別々の文明において中心地であったと口々に言う。本当に貯水池がこの一つ一つの目撃者であり、証拠であり、指標であるのだ」と述べた。
イスタンブル広域市長ウイサル氏は、「時々外部からもたらされる水が貯水されるようなイスタンブルでは利用可能な雨水も貯水される。今日から見て、利用可能な雨水が汚染されることなく集められ再び利用できるようにされることは、その時代にどれほど大きな文明がここに存在していたかの証拠である」と話した。
ウイサル氏は次のように続けた。
「公有地にあるかつてのエミノニュ区建物が取り壊され、(その地下にあった)地下宮殿が再びこのようにして訪問者たちに公開され、見学できる形に変えることのために貢献した人々へ、そしてこの決定を下した人々へ心から感謝している。エミノニュ区はただ自身の建物を取り壊し、その場所にある地下宮殿を明らかにするために閉ざされたのだろうか。しかし、最も重要なことがなされたのだ。何故ならば二つの地下宮殿を訪問して見ることができるのだ。イスタンブルにおいて最も多くの人に訪問される場所の一つであるが、この地下宮殿はそこよりもさらに古いのだ。つまり、そこよりさらに重要な歴史的作品を手に入れたのだ。」

■地下宮殿内にエレベーターが導入された

一方で、地下宮殿を訪れることを望むも、急な階段を降りることが強いられることになると考えられるお年寄りや障がいのある人々、子供連れの家族にために特別なエレベーターが導入された。
ファーティフ・チェンベルリタシュ地区の、ピイェルロティ通りにある地下宮殿の公開記念式典は、イラン人芸術家アフメト・ネジャト氏の”Hiç Hali”という展示、金色の球と、その球を覆う“Aşk ve Hiç”という文字、メヴラーナの詩から成された言葉のデザイン、そして水に映し出される言葉とともに、目を奪われるような催しとなった。1590年の歴史があるシェラーフィーイェ地下宮殿の上には、1910年に建設されたアリフ・パシャの屋敷と、1950年代に建設されたエミノニュ区の古い建物があった。イスタンブル広域市によって2010年にエミノニュ区の古い建物の解体が行なわれ、地下宮殿の復元工事が始められた。イスタンブル広域市によって実現された復元工事は、8年間に渡る工事の末に完了し、歴史的作品が今日公開された。

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(翻訳者:森彩音)
(記事ID:44704)