ギュル元大統領、出馬は見送りの方針
2018年04月28日付 Hurriyet紙

6月24日選挙で大統領候補となると噂される第18代大統領アブドゥッラー・ギュル氏が何日も待ち望まれた発表をイスタンブルで行った。

ギュル元大統領はアヤズアー離宮(注:ギュル元大統領が事務所を置く屋敷)で記者たちの前に現れ、
「早期選挙と同時に至福党テメル・カラモッラオール党首が私の名前に言及する動きが、私の知らないところで起こっていた。広い支持が得られた場合には、自分に課せられたものからは逃げないと申し上げた。テメル氏が行った(野党間の)話し合いの結果、このような支持はなかったことがわかった。ですから、私の出馬をめぐるあれこれはもはや議論の対象ではありません」と話した。

ギュル元大統領の別の発表は下記のとおり。


「まずは選挙が我が国に資することを心から願っています。
我々皆が知っている通りトルコは近年の歴史の中でも最も難しい時代の最中にある。
国内、国外の状況は大きな困難に直面している。
国内では最も平安、安全を必要としている一方、残念ながら分断、分解、恐怖、疑惑の環境が存在する。国外では史上最も深刻で継続的な問題に直面している。
経済的な不安が深刻なレベルまで至っている。一方でヒロイズムとそれに対する侮蔑の応酬が政治をのっとっている。トルコにとって何が良いことであるのか話し合う代わりに個人レベルの攻撃に忙殺されている。」

「私の名前も頻繁に話に上がっている。人間が到達できるすべての役職、階級を私は獲得したがすべては過去のことである。この道もすべて歩いた道である。場所は新たに来たものへ名誉をもって引き渡した。私も家族も何か期待や要望を持っているわけではない。

私たちの期待は母国の平安で安定した将来が強固となること。子どもたちがより強く平和で平安の中で生きられるようなトルコであること。これ以外に何の要望も期待もありえない。
全ては過去においてきたのだ。多くの人間が獲得しようと四苦八苦するものは私にとっては過去となってしまった。これをいつわりなく申し上げる。人間とは透明なものだ。言ったことを見て正しいか間違っているかを話している。信じようが信じまいが。」
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「大統領職の後、活動的には政治にかかわらないとはっきり言ったし、実際そのようにした。
だから友人たちの結婚式の招待にも応じられなかった。その地方での何らかの活動につながらないように、と。この点には特に注意を払った。
だがこれはこういう意味、つまり、私の知識、経験、すべてを自分だけにとどめておこう、ということではない。国家、人間、故郷において記録を残さずに過ごすつもりだ。
人生で見てきたことについての自分の考えを、敬愛する大統領と一対一で話し合う機会があった。あの日、裏切りのクーデター未遂が明らかになったとき、決して後ろを振り返らずに自分にできることを行った。
しばしば基本的人権または自由についての誤った施行を目にした際、報道の自由、不正、理不尽なこと、これらすべてについて自分の考えを世論と共有することを恐れなかった。」

「選挙が突然前倒しに実施されることが分かり、至福党テメル・カラモッラオール党首が私の名前に言及したことに始まる一連の動きが、完全に私の知らないところで起こった。私が自分で組織したこと、希望したこと、または調整したことではないのだ。
私の知識、経験、政治・国家の管理への理解を信頼する人々の要望が形となって表れたのだ。
この状況で私の支持者たちがいるように、社会の広い層の中でも多くの人々が同じ要望を抱えていたのだろう。」

「私も広範にわたる支持が見られるならば、その際は自分の身に課せられたことを友人たちとともに行うことから逃げまい、と申し上げた。
社会の大きな部分からこのような要望や私が責任を負う必要のある要望が出てきたなら、その責任から遠く留まるといった無責任は示さない、と申し上げた。
皆さんがご存知の敬虔な政治で知られているテメル氏の(野党間の)対話と融和への尽力を私は評価している。
テメル氏が行った(野党間の)接触によりこのような大きな支持や要望はなかったことがわかった。ですので、私の出馬についてのプロセスはもはや議論の対象にならない。」

「歴史の前に心は安らかだ。私について様々な意見を持つ人の一部は「彼はリスクを取ることはしない」また一部の人は「常に後方にとどまっている」などと程度の違いはあれ、多くの批判を行うがそれに対し何か言いたくはない。歴史に対し、私は責任がある。
このような要望や動きは問題ではなかった。また私について言われている多くのことについて、特に話したくない。そもそも選挙キャンペーンや論争は私の政治解釈に似つかわしくない。」

「私は政治を正義をもって正直に行った。知らない者たちが、ある時は故意に、ある時は様々な意見操作のため私について多くのことを話した。
これらすべてを過去に流したいが、公正発展党の一部の友人たちによる私についてのあれこれを話したことについては、以下のことをもう一度言わずにはいられない。公正発展党の設立を導いた原則、原理、その当時の美徳の価値、プログラムを準備したうちの一人として、私は今日もこの価値観、原理を同様に認めている。私の意見も同じである。この原則、原理を支持している。」

「誰に対しても個人的な問題はない。困っていることもない。私はただ政治と将来のビジョンに関心がある。私について時々ひどい侮辱ともいえる言葉を言う友人たちにこのように言いたい。言ったことを、今日起きたことを、立ち位置をじっくり考え直し、見直すとよい。これ以外に私が言うことはない。私が望むのは選挙の時期がトルコをより分断し、分離させる空気をもたらさないことであり、この代わりによりポジティブな議論を皆の前にもたらすことである。
忘れてはならないのが、選挙はいつか終わり、それぞれの真実と相対することになることだ。
もっと建設的なキャンペ-ンを実施することを皆にすすめる。
私がすべてをかけて信じているのは、強力な民主主義、法の至上性、権力分立の原則の実現により基本的人権、自由、ユニバーサル・スタンダードの確立、能力主義、透明性のある、アカウンタビリティの原則が支配する規律、システムが整ったトルコの未来である。」

「トルコが選挙後これらすべてを実現できることに希望をつなぐばかりだ。これ以外の努力は空しく無駄なエネルギーの消費だ。私の望みは、トルコの将来がこの原則の枠組みの中で明るくあること、エネルギーをネガティブな問題にではなく、ポジティブな議題に使用し、未来の子孫たちに、生存可能で平穏な平和を持つ国を残すべきということだ。
分離は間違いなく民主主義につきものである。しかし分離は多元的に必ずしも敵性があることにはならない。色々な考えに敬意を示す理解の中で公正を守っていかねばならない。
皆、様々な花を集めた花束のようにならなければならない。この選挙によりトルコがこのように導かれることを望んでいる。我々皆、子どもたちがより美しいトルコで生きられるように。

ジャーミーのドアで何か質問しましたね。そこでは話したくなかったのでここへ皆さんをお呼びしました。選挙の成功をお祈り申し上げます。

質問したいことがあるでしょうが選挙キャンペーンが開始しており、たった今私の立ち位置を発表した後ですから、論争の種となるでしょう。
あれこれと批判されるようなことは避けたいので、質問はお断りします。」

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(翻訳者:山口 南)
(記事ID:44719)