金メダリスト故スレイマンオール氏と日本人女性との子、法的手続きへ
2018年05月05日付 Hurriyet紙


伝説のウェイトリフティング選手スレイマンオールの娘とされるモリ・セカイさんは、自身が娘であることを証明するための法手続きを開始した。

モリ・セカイさんは、スレイマンオール選手が1988年ソウル・オリンピックに出場した際に知り合った、日本人新聞記者モリ・キョウコさんとの間の娘であるとされており、著名なウェイトリフティング選手が父であることを証明するためにトルコの弁護団に委任した。

モリさんは、同選手の法的な遺産相続人である3人の子に対して、父親であることを証明する裁判を起こした。

ハベルチュルク紙セルダル・クラクスズ記者の記事によるとモリ・セカイさんは父親が死亡した病院でDNAサンプルが保存されていることを知ったとし、検体がない場合には埋葬先の墓を開けてサンプルを取得することを希望した。

■「父の愛から離れて育った」

ビュユクチェクメジェ家庭裁判所で裁判が開かれ、モリ・セカイさんは1991年9月24日にアンカラ県ゼカイ・タヒル・ブラト・出産クリニックで生まれたと説明された。

冒頭陳述によるとモリ・セカイさんは母親のモリ・キョウコさん(ママ)とスレイマンオール氏が交際していた期間に生まれた。

両者はその後別れた。

モリさんは母親と日本で生活を始めた。

スレイマンオール選手が2017年11月18日に逝去し、本人に連絡がいくまで、父親が誰か知らずにおり、また誰かわからなかった。

セカイさんは父親の関心、慈しみ、愛情から離れて育つことを余儀なくされた。

父親からの物資的また精神的支援がないまま27歳となった。

母親が以前、父親と娘本人を会わせようとしたがそれも何らかの理由でかなわなかった。

スレイマンオール氏の住民登録を調査したところ、遺産相続人であるほかの女の子たちもモリ・セカイさんのような婚外子として生まれており、2001年に3人の子供が父親の籍に登録された。

スレイマンオール氏の死後、日本に一人の娘がおり、娘を見つけてほしいという遺言があったことが紙面や映像メディアで報道された。

これについて外務省及び大使館によりモリ・セカイさんに連絡が取られ父親が逝去したことが伝えられた。

■DNAサンプルを残した

ナイム・スレイマンオール氏に近しい関係者によると、スレイマンオール氏は亡くなる前、モリ・セカイさんに連絡を取ろうとしていたが、失敗に終わっていた。

スレイマンオール氏は逝去直前に娘を見つけることを遺言した。

娘に自分の遺産が分配されるよう、また籍に登録できるよう、亡くなった市立病院にDNAサンプルを残した。

陳述書では、スレイマンオール氏の墓を暴かなくていいように、特にこの病院に命令書を発出すること、病院の検体とモリ・セカイさんのDNAサンプルを比較するよう要望が述べられた。

ナイム・スレイマンオールとの親子関係を結び、父親の籍に入ることも希望された。

病院でDNA検体がない場合にはスレイマンオール氏の兄弟からDNAサンプルを取得し比較を行うこと、さらにこれが不可能な場合は墓の中からサンプルをとることが要請された。

■病院へ命令書が書かれる

家庭裁判所は、スレイマンオール氏が亡くなったイスタンブルの私立病院に存在すると主張された、DNA検査のために必要な検体を司法医療委員会へ送付するよう、病院への命令書を発出する旨決定を下した。

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(翻訳者:山口 南)
(記事ID:44747)