サラエボ、ガーズィ・ヒュスレヴ・ベイ学校で第468回卒業生
2018年05月06日付 Milliyet紙


ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで活動する、ヨーロッパの最も根付いたイスラム教育機関であるガーズィ・ヒュスレヴ・ベイ学校から、今年は126名の生徒が卒業した。

同校の第468回卒業生のために、首都の歴史あるガーズィ・ヒュスレヴ・ベイ・モスクで卒業式が行われ、ガーズィ・ヒュスレヴ・ベイ学校のメンスル・マルキチュ校長、ボスニア・ヘルツェゴビナ・イスラム協会副会長でトゥズラ県のムフティーであるヴァヒド・ファズロヴィチ氏とともに、多くの招待客が出席した。

マルキチュ校長は卒業式でスピーチを行い、女性67名を含む126名の生徒が今年卒業したことに言及し、「卒業生たちはガーズィ・ヒュスレヴ・ベイの『この学校では怠惰で責任感のない者ではなく賢く勤勉な生徒が学ぶことになる』という言葉を実証した」と述べた。

マルキチュ校長は、国や都市のレベルで行われた多くの競争で1位を獲得した生徒たちが、ガーズィ・ヒュスレヴ・ベイ学校を最高の形で象徴していると述べた。

マルキチュ校長は、この学校の生徒たちを誇りに思うと延べ、卒業生たちが、宗教、科学、そして努力の道から逸脱することがないようにと望んだ。

卒業した生徒たちは、卒業式の中で、コーランの礼拝と詠唱を行った。

■歴史あるガーズィ・ヒュスレヴ・ベイ学校

オスマン帝国のスルタンの1人バイェズィト2世の娘であるセルチュク・スルタンの息子ガーズィ・ヒュスレヴ・ベイは、ボスニア県のベイを務めていた時期にサラエボをはじめとする地域に多くのモスクやハマム、食料配給や教育のための機関を建設した。

ガーズィ・ヒュスレヴ・ベイは、ボスニア県のベイであった時、1537年にサラエボに自分の名を冠した学校を作らせた。

ガーズィ・ヒュスレヴ・ベイ学校は、クロアチアの南にあるドゥブロヴニクという街から連れてこられた石工たちが建設し、オスマン帝国がこの地域から撤退したあとも教育が継続された。

この学校は旧ユーゴスラビアの時代にも教育を継続し、サラエボ包囲の際にも門を閉じなかった。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


(翻訳者:永山明子)
(記事ID:44752)