ISが去り町が息を吹き返すー北イラク・トルクメン人の町タル・アファル
2018年05月11日付 Hurriyet紙


 3年の間テロ組織ISの手に落ちていたイラクのトルクメン人の街、タル・アファルでは、帰還者で人口が10万人超に回復した。市場は活気を取り戻し、病院や学校も復旧している。だが街のシンボルだったタル・アファル城塞はもう存在せず、街のいたる所に地雷と爆弾の警告が見られる。ISが去った後のタル・アファルの様子をレポートする。

 人口25万人のタル・アファルはトルクメン人が大半を占めたが、2014年6月にISの手に落ちると多くの難民を生んだ。IS下ではわずかに90世帯が残ったのみだ。2017年8月にタル・アファル奪還作戦が始まり、激しい銃撃戦の後、3年にわたりテロ組織の支配下にあった街からテロリストは一掃された。

■1,000を超す建物が破壊された

 ISから解放されたタル・アファルは現在、人口10万人超まで回復した。避難民が戻り商店のシャッターが開き始め、タル・アファルの市場にも活気が戻って来た。人々は市場で安心して買い物をし、街角に座り語らっている。ISが去った後、修復された病院や学校も復旧され、街の生活水準も上がっている。だが、生活が元に戻り始めたタル・アファルでは、ISの残した傷跡が今も残っている。街を歩いて一番目に付くのは、廃墟となった建物だ。タル・アファルでは1,000を超える建物が破壊され、同様の数の建物が損傷を受けている。ISが跡形が残らぬほどに爆破したシーア派のモスクや歴史的建造物の残骸は、そのままだ。

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4年前に父をISに捕らわれたベシル・アブドゥルケリム氏。タル・アファルで衣装店を営んでいる。

■城塞遺跡はもはや無い

 ISが爆破した最も重要な歴史的建造物の一つは、タル・アファル城塞だ。かつて街を一望できた城塞は、ISによって爆破され今はもう無い。城塞を観ようと訪れる人々は、その残骸を目にすることになる。ISが宝物を探すために、城塞の地下に掘ったトンネルや穴もまだ残っている。

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2014年のテロ組織・ISによる攻撃で店が強奪された甘味店。仕事を再び軌道に乗せようと励んでいる。

■3年半の苦難

 タル・アファルで人々がどれ程街の生活を取り戻そうとしても、傷痕は今も色濃く残る。ISがタル・アファルを占領した際、女性や子供、老人ら400人以上が捕虜にされた。一部は解放され家に戻ったものの、音信不通の人もいる。2014年にISに父親が捕らわれたというバスィル・アブドゥルカリムさんは、「ISがタル・アファルに侵攻した時、父は家族の一部を車で町から逃がしました。残った者を救出しようとしてタル・アファルに戻って来たところをISに捕らわれ、その後いっさい、連絡が取れません」と語った。

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アンマル・ムハンマド氏は4か月前にタル・アファルへと戻り、雑貨屋を開店した

■トルクメン人が戻って来た

 タル・アファルからISが一掃され、住民のおおよそ50%が戻って来た。戻った人々の中にはトルコに避難していたトルクメン人の姿もある。オメル・カプランさんは、ISによるタル・アファル侵攻でトルコへ避難していた。「3年半アンカラに居ました。3か月前、タル・アファルに戻ってきましたが、家は燃やされていました」と語る。アンマル・ムハンマドさんは4か月前にタル・アファルに来て店を開いた。「ISが侵攻した際、はじめはシリアへ、その後キリスへと3日かけて逃げましたが、道中は酷いものでした。アンカラへ引っ越しましたが、4か月前にここへやって来てお店を開き、その後家族を呼び寄せました。有り難いことにお店はうまくいっています」と語った。一方、アブドゥルサラム・アズィズさんは、タル・アファルで仕事が見つかったら、トルコにいる家族も呼び寄せたいと話す。「アダナの農地で働いていました。家族はまだアダナに居ます。ここではまだ仕事が見つかりませんが、仕事を見つけて安定したら家族を呼び寄せたいと考えています。」

■至る所に地雷

 ISから解放されたタル・アファルでは、ISの仕掛けた地雷と爆弾が至る所にあるため、街のあちこちに警告が掲げられている状況だ。ムハンマド・ベクさんは、地雷が市民の深刻な脅威となっていると話す。「ISはタル・アファルで412人を捕虜にしましたが、大半と連絡すら取れません。解放後は地雷と爆弾で33人が命を落としました。タル・アファルに戻って来た人々が家を修繕しようとして地雷を踏んでしまうのです。3日前にも私のいとこが地雷を踏んで亡くなってしまいました」と語った。

■TIKAから援助の手

 トルコ協力調整庁(TIKA)は、タル・アファルの復興に積極的だ。TIKAでバグダッドプログラムを担当するズベイル・ヤカルユルマズ副調整官は、IS侵攻の結果、街の大半の学校が破壊されたが、小中高を1校ずつ修復したと話す。「2017年10月にタル・アファルに来ました。150人を採用し、5ヶ月にわたり給与を支給しました。彼らがタル・アファルの基礎インフラを修復すると、市民が戻り始めました。3校の修繕をしました。これらの学校では、さまざまな年齢の学生が授業を受けています。タル・アファル大学の3学部の建物も修復を考えています。一方、モスルでは、女性のために裁縫教室を開きました。この教室は、女性が職を得るのに資するでしょう。」タル・アファルのアダン・チョラク副市長は「解放後、ここに戻ってきた時点では援助も貧弱でした。今の一番の問題は雇用です。雇用問題が解消されれば、タル・アファルの市民は全員戻ってくるでしょう」と話した。

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(翻訳者:貝瀬雅典)
(記事ID:44776)