フーゼスターン州選出議員「ホッラムシャフルには、イラン・イラク戦争の爪あとが未だ残っている」
2018年05月22日付 Jam-e Jam紙


 フーゼスターン州国会議員連盟の一員でシューシュ[訳注:またはスサ、スーサとも呼ばれる]県選出のセイエド・ラーズィー・ヌーリー議員は、「ホラッムシャフルは、かつて我が国最大の貿易港であった。しかしイラン・イラク戦争後、様々な理由により、未だ敵軍の攻撃による負の影響が、同市のみならずフーゼスターン州全体で見られる」と発言した。

 本紙によると、ヌーリー氏は、過去からの諸問題が解決されていないことに加え、旱魃、煙霧、人口流出といった新たな課題にも直面にしていると強調しながら、「フーゼスターン州は、かつて我が国で最も発展した州の一つであったが、戦後長い時間を経てもなお、未だに元の状態まで戻れずにいる」と付け加えた。

 国会で農業委員会委員を務めるヌーリー氏は、故ホメイニー師がフーゼスターン州について革命と戦争に責務を果たした州であることを忘れてはならないとしたことに触れながら、「フーゼスターン州は、我が国のエネルギーを供給し、農業が最も栄え、税収が最も多い州として特に着目されるべきである」と述べた。

 同氏は、「我々は絶えず、戦地となった都市が抱える困難について当局に注意を促していく。しかしもはや、基準を互いに比較できるよう司法が市民に対して責任を負う方が良い」と述べた。

 彼は、戦争による負の影響が大きすぎることにより、どんなに取り組んでもほとんど効果が得られないようにみえてしまう点を強調しながら、「我々が、国家の心臓部にあたるフーゼスターン州の対応能力を補えるようにするには、ホルダード月3日[1982年5月24日のホラッムシャフル解放日]に、ホラッムシャフル侵攻に対して起こした抵抗運動まで立ち返り、復興において国民が決意を固めることを期待する」と付け加えた。

 同議員は、「旱魃、水不足といった問題や環境問題に対して、市民は我慢の限界に達している。ホラッムシャフル解放で行ったような大幅な見直しが必要であり、この重要な問題は一州を越えた国民の総意をもって、国家の最高責任者全体レベルで取り組まない限り、解決不可能である」と強調した。

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(翻訳者:NF)
(記事ID:44825)