ヨルダン:シリア難民はザアタリで懐かしい「ラマダンの夜」を探し求める
2018年06月04日付 al-Hayat紙
ザアタリ難民キャンプ(写真提供:ロイター)
ザアタリ難民キャンプ(写真提供:ロイター)

ヨルダンのシリア難民はザアタリで懐かしい「ラマダンの夜」を探し求める

【アンマン:マーヒル・シャワービカ】

40代のシリア難民アフマド・ザアビー氏は貧しいザアタリの市場の中を歩き回り、カターイフやタマル・ヒンディ、アラクスース(注:いずれも代表的なラマダンの菓子や飲料)の匂いを嗅ぎ、子供時代から祖国のダルアーで慣れ親しんだラマダンの雰囲気を味わおうとしている。

彼は「ラマダン」を見つけられていないが、もしいくつかのラマダンの光景が見つかったとしても、その光景の大部分からは「市場」が消えている。一方で、悲嘆にくれた難民キャンプの路地は、孤児や遺族たちからなる仮設住宅の住人たちの苦しみで荒れ果てている。

5年前に自由シリア軍のバリケードの近くで発生した自爆攻撃で片目と片腕を失った彼は、悲しみに押しつぶされながら自身の仮設住宅に戻り、足の指でスプーンを使って独りでとるイフタール(注:断食終了後の最初の食事)の時間が来るのを待つ。

彼は負傷してヨルダンに逃がれたが、それは彼が決めたわけではなかった。というのも、シリア国境に面したヨルダンのラムサー市の病院で「国境なき医師団」による治療を受けさせるため、彼は意識不明の時に自由シリア軍の構成員らによって国境のフェンスを越えて搬送されたのだ。

ザアビー氏もまたシリア国境から数百メートルしか離れていないザアタリに住む何千人もの人々と同様に、すぐ近くにある祖国をじっと見つめ、祖国に帰還できるようになる日を待ちわびている。

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60代の難民ファワード・ディーリー氏は次のように語っている。「私は自分の子供時代や青年時代に見知った『ラマダン』を難民キャンプの市場や路地で探そうとしているが、見つけられない。難民キャンプの市場で『アラクスース』を売っている人はいるが、ここの『スース』の味は違う。つまり、かつて故郷であるダルアー県のタスィールにある市場で買っていたような『スース』の甘さの中にあった、苦みしかないのだ。」

「故郷でのラマダンはもっと甘美なものだった。私はスフール(注:断食開始前の最後の食事)の時間に太鼓を打ち鳴らす者を探してみるが、その音は聞こえない。焼けつくような夏の日、イフタール直前に飲み水やタマル・ヒンディを冷やすための氷を買おうと待っていた氷売りの音を聞くために耳をそばだててみるが、その音も聞こえない。」

「すべて変わってしまった。我々はもはやラマダン月を他の月と区別しなくなった。痛みや悲しみが難民キャンプの住人にこの祝福されたラマダンの日々を忘れさせ、そして記憶の中にいる愛しい人たちとの思い出との告別の日々に変えてしまったのだ。」

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アブー・ムハンマド氏は、幼少のころから商売を始めて避難した土地でもなお活躍している数少ない「スース」売りのひとりだ。彼は次のように語っている。「客たちの好みや雰囲気は変わった。彼らはラマダンの光景にも必需品にも注意を払わなくなった。私が作っているジュースは、イスラームの黎明期から断食する者の役に立ってきたとアラブ人たちが知っているものなのに、買いに来る難民キャンプの住人は少ない。ザアタリのラマダンは様子が違う。ザアタリの空も地上も黄色味を帯び、不毛の砂漠地帯に位置している。一方、日中の停電の中で気温や埃は尋常ではない。」

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ヨルダンで4番目に人口が多い都市とされるザアタリにある難民キャンプには8万5千人の難民たちが居住している。彼らは鉄製の仮設住宅で暮らしており、不毛な砂漠の中でそれは日中の太陽のもとでは業火に変わり、冬には寒さの厳しい「箱」に変わる。

2012年に設置された難民キャンプの住人の多くは、祖国で習得していた技術を生かした仕事を作り出し、日常生活の体裁を整えて避難生活に慣れ始めた。しかし、依然として多くの住人、特に幼少期に難民キャンプへ逃れてきた若者たちにとって、ここは巨大な刑務所の体をなしている。

難民キャンプには大学教育や雇用の機会がなく、国際機関から奨学金を得た者以外、誰ひとりとして大学教育を修めることができない。しかもその奨学金も大概期間が決まっていてわずかなものだ。このような状況が多くの難民たちを失業や非行、悪い仲間たちとの交際に追いやるのだ。

ヨルダン政府は、青年たちが就業許可証を取得し、日常的に仕事のために難民キャンプを離れ仕事が終われば戻ってくることを許可することで、キャンプに住む難民たちの負担軽減を試みている。しかし、この就労機会もシリアから避難する前に職に就いていて実務経験のある者に限られている。

また、難民キャンプの住人は国連食糧計画(WFP)によって日々温かい食事を手に入れているが、国際機関が提供する支援はヨルダンの都市での労働を強いられている難民たちのニーズを満たすものではない。

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(翻訳者:辰己花南)
(記事ID:44876)