危機的な状況にあるチェシュメ(泉亭)を救え
2018年09月16日付 Milliyet紙


オスマン帝国時代からイスタンブルに残る多数のチェシュメ(泉亭)は、アスファルトや歩道にうずもれている。そうした歴史的なチェシュメは、日の当たる場所へ戻ることを待ち望んでいる。

イスタンブルは歴史的な記録上、「世界で最も多くのチェシュメを有する都市」とされ、オスマン帝国時代から残るチェシュメの多くは、旧市街の半島部、カスムパシャ、ウスキュダル、バラト、そしてベイオール地区に位置している。しかしこの歴史的なチェシュメが、現在、アスファルトと歩道に埋もれた事態となっている。アスファルト舗装路と歩道の犠牲となったチェシュメは、バラト、フェネル、ファーティフ地区に最も集中している。ヴァタン通りとチャパ地区にまたがる区域では、ベズミアーレム皇太后のチェシュメが、アスファルトと歩道の犠牲となっている代表的な歴史記念物の一つである。ファーティフ地区ドラマンでは、「石の校舎」として知られる遺構を修復した後の景観が悲劇を物語っている。ドラマン通りに建つ建物の側面ファサードに1702年から残るアリ・シャー・チェシュメは、修復後、ほとんど碑文のところまで埋められ、さらに3つの碑文のうち2つが消失していることも注目せざるを得ない。

■水なしで放置され

バラト地区、フェネル地区とその周辺で目にする光景はさらに衝撃的である。フェネル地区では、ファーティフ・スルタン・メフメトによりアリ・ヤズジュ・モスクに併設して建造された歴史的チェシュメの半分が、もう何年もアブドゥレゼルパシャ通りから伸びるアスファルト舗装路の下に埋まっている。また、エディルネカプからラミの間にある、歩道とアスファルトの犠牲となったオクズジュ・メフメト・パシャのチェシュメは、水盤部分が破壊され、台の部分はごみ溜めへ姿を変えた。ファーティフ地区のホルホル・チェシュメ、エディルネカプ地区スルクレ通りの城壁に埋め込まれているス・ナズル・エルハジュ・アフメト・ガリップ・パシャのシェシメ、ミフリシャー皇太后のシェシメ、ジュディディル皇太后のシェシメも救助を待っている。特にジュディディル皇太后のシェシメは鏡石が見つからず、蛇口の部分も壊され、槽部分もコンクリートで埋められている。

■エユプギルレル教授「特殊技術で、引き上げる必要」

ケマル・クトゥギュン・エユプギルレル教授(イスタンブル大学建築学部長)は、「アスファルトや歩道を昔の状態に戻すのは不可能だ。道路、歩道を下に移動するとしたら、最近つくられた構造が50センチ、あるいは1メートル、上に残ることになり、景観はなお悪化する。唯一の選択肢は、チェシュメのような小さな構造物を特殊な技術で引き上げることだ。特殊なクレーン・システムと専門家の協力によって、アスファルトの下に残るチェシュメを1メートルほど持ち上げることは可能かもしれない。これは都市全体のスケールで計画される必要がある。」と話した。

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(翻訳者:原田星来)
(記事ID:45384)