『ナポリの秘密』-『ラストタンゴ・イン・パリ』から現在に至るまで最も大胆なシーン
2018年10月28日付 Hurriyet紙


そしてフェルザン・オズペテク氏…。彼は『オズペテク流』に(映画を)製作してきた、そして再びそれを実現したのだ!そして彼はまた大変な話題となる映画を撮影した。世界のあらゆる地で好評を博し、数々の賞を受賞し、今もトルコで上映されている。イタリアの批評家たちによれば、『ラストタンゴ・イン・パリ』から現在に至るまで最も大胆なシーンが撮影された!トルコにおいても既に物議を醸している。本紙のある記者は、「なんだこれは!完全にポルノじゃないか!」と言ったが、ある女性ライターはというと「映画に恋に落ちました。私の人生で見た最も耽美的なラブシーンです!」と書いたのだ。ある人はというと「これは傑作だ」、ある人は「名監督さん、私はこの映画を見ても何も理解できませんでした!」と言っている。この論議の数々も、フェルザンは大変に気に入っている。彼は微笑みながら、こう語る。「あぁ勿論頭が混乱してしまうことでしょう。勿論、多くのことが答えを見いだせないまま、宙ぶらりんのまま残るはずです。なぜなら人生がそのようであるからです。この映画は、本当にそのようではないでしょうか?」

-『ナポリの秘密』は衝撃的な作品です。悲しませ、考えさせ、エロチックなシーンによって驚かせてショックを与える、つまりは様々な感情を同時に感じさせる映画なのです。また、有名なラブシーンがあります。映画はこの観点からも非常に議論される事でしょう…。

はい、イタリアで、『ラストタンゴ・イン・パリ』から今までで、これ程に勇敢なシーンは撮影されなかった!というコラムが出ました、批評家たちの間でこのような評価であったのです。

-そのシーンを撮影するのは困難でしたか?

難しかったです。私の女性の主人公、『向かいの窓』でも演じたジョヴァンナ・メッツォジョルノ。イタリアの大スターです。私たちにとってのトゥルカン・ショライのようです。彼女の43歳版です。男性の主役は、アレッサンドロ・ボルジャです。彼も新鋭の輝かしいスターです。Netflixに、ひとつ映画があります。この二人の間に、非常に情熱的な一つのことが起こるのです。二人の間は15、16歳、離れています。女性は、法科学のドクターです。この女性がこの男性と一緒になるためには完全に度を越えてしまう事が必要でした。つまり、本当に男性を欲情させなければならないのです。そのために重要なシーンです。観客にその情熱を伝えなければいけませんでした。ある晩のこと、私は二人ともに電話をかけました。 
「明日、このようなシーンを撮るのだけれど、ちょっと不安に感じています。なぜなら、エロチックな場面を撮影するのが困難だからです、私は恥ずかしいです。他の映画ではキスシーンでさえ躊躇しました。そのため、はっきり言ってなんとバカな事を言っているのかもしれませんが、どうか私の手助けをしてください!」と言いました。

■何が頭に浮かんでも言いました:キスしなさい、抱きしめなさい、手を取り合いなさい…

-彼らはなんと言ったのですか?

彼らは笑いました。二人とも、とても可愛らしいです、「あなたは気にしないで!」と言って私を落ち着かせました。私はそれでも、予防策をとりました。次の日、セットに彼らに似た、二人の役者がさらにやって来たのです。

-ボディダブルですか?

そうです、ジョヴァンナに似た若い女性の頭に髪の毛を付けたそうです。ジョヴァンナがそれを見て「彼女一体誰ですか?」と言いました。私は言いました「ほら、もし苦労したときには…」。「どうして苦労するという事がありますか、フェルザン?他の誰かの体であれ、私の体であれ!私はもう43歳です、今やらなければ一体いつやるというのですか!」 と言ったのです。「その通りですね、あなたの言う通りです!」と私は言いました。

-えええ?

ラブシーンは私たちが始めたのです。70人かそれ位の人間がセットにいたのです、ちょっとした物音も立てません。イタリア人たちは「墓場の静けさ」と言います。本当にそのようです。私はモニターに座っています。私たちは二つのカメラで撮影しています。「そうそう、そのようにやりなさい!」と私は言います。私がなんと言っても彼らはそうやります。しかしながら、私は何が頭に思い浮かんでも言うのです、「キスしなさい、抱きしめなさい、手を取り合いなさい、抱擁しなさい…」。
確実に誰かが笑う事でしょう。もしダメだったら誰かが冗談のネタにするだろうとやり過ごしています。しかし、あぁ。私が伝えた全てのことを彼らはやったのです。私たちは朝まで撮影する事もありました。セットにいる皆が何年間も、映画界で仕事をしてきた人々なのです、その皆さんが私のもとに駆け寄ってこう言うのです。「フェルザン、どうもありがとう。私たちが生涯忘れることができないような耽美的なシーンが撮影できました!」

■ジョヴァンナ氏は、イタリア人にとってのトゥルカン・ショライ

-それでは、モンタージュは一体だれが行ったのですか?

私です。私がモンタージュを行いました、このシーンを設定しました。私の中に狼が舞い降りました。「あぁ、この女性には二人のお子さんがいる。彼らは学校に通っている。このシーンを見た子供たちが、君のお母さんを見たよ!などともしも言ったら、女性が酷い目にあってしまったら…実際のところ女性は一人の演じ手です。彼女はこんなことをやらない、作り物の演技をするのだ、役者たちはこうやって評価しています。しかしながら、それでも一つの考えが思い浮かんで、私は揺れ動いていました。
この時、製作会社のワーナー・ブラザーズは、「おかしなシーンだ!」と言ったのです。プロデューサーは大変に上機嫌でした、「素晴らしい!」と言ったのです。しかし私は危機的な状況にありました。まさにその時に娘からメッセージがやってこないという事があるでしょうか?
「フェルザン、私はあなたの事をとてもよく知っているの。あなたは今そのシーンを撮るのに苦労している、そしていくつかの場面をカットしてしまおうとしている。そんな事は絶対やめて!そのシーンを撮影する事は簡単ではありませんでした、私たちはとっても集中したのです、とても労力を費やしました。お願いだから私たちの苦労を無駄にしないで!」。このメッセージを見ると私は笑い出しました。「一件落着だ」と言いました、一区切り付けたのです。

-イタリア人たちの反応はどうでしたか

ジョヴァンナは、あれほど愛されて尊敬されるアーティストなのですから、勿論事件になりました。彼らは自分の目を信じられなかったのです。43歳のトゥルカン・ショライとクワンチ・タトゥルトゥのラブシーンを観るかのようなのですから。

■そのシーンを撮影する際に「セットの精霊」が来た

-全ての国でこの映画は「18歳以上」が鑑賞する事が出来るのでしょうか?

国によって変わります。幾つかの国では14歳以上で、更に幾つかの国では16歳以上です。私たちの国では18歳以上が鑑賞する事が出来ます。しかし私たちが言及したそのシーンがカットされるということはありません。

-ラブシーンをこれほど耽美的に撮るという事は難しくはないですか? ナイフの刃のようなものでは…。

照明によって素晴らしいものを撮影しました。また芸術監督のデニズ・ギョクチュルク・コバンバイ氏と共に、この時仕事をしました。ナポリは詩的な都市です、映画全体もラブシーンも詩的に撮ろうと努力しました。正しい雰囲気を作り上げることは、とても重要です。あなたが作り上げた全ての事もその雰囲気の一部分となるのです。しかしこれら以外にもさらにまた、「セットの精霊」がやって来たのです…。

■映画の撮影現場は、観光客のルートにさえなった

-どういう事ですか?

時には来て全てのことが順調にいきます。この映画でもそのようでした。『ナポリの秘密』で、「目」と「子宮」の問題が非常に重要です。更には映画のオープニングで、一つの階段のシーンがあります。そしてその階段は、「目」と「子宮」の両方に似ているのです。最近、旅行者に対して『18ユーロ』で「オズペテキ氏のナポリのセット」の見学させるようになったそうです。私はそれを聞いて、とても嬉しかったです。

-ナポリには沢山の秘密があるのですか?

はい、あります。なぜなら、ヴェスヴィオ火山の裾野に築かれた町だからです。そのためにその土地は地下、暗闇、死と冗談を言い合う町です。芸術と、芸術作品と密接している都市で、そして芸術作品の盗難も冷酷な形で罰が課されます。更になり多くの秘密があります。それらは映画を鑑賞する際に観客が発見するでしょう。映画が公開された日に一人の友達が電話をかけてきました、そして「今日映画を鑑賞しに行く人の一人が一体誰か知っていますか?」と言いました。「私たちの大統領を二度務めたジョルジョ・ナポリターノです!チケット売り場でチケットを買う時に見ました!」
三日後、気が付くと私の電話が鳴っていました、ナポリターノでした。「貴方にとても感謝したいです」と言ったのです。「貴方は私を私の若い頃のナポリへと連れて行ってくれたのです!ナポリを、ナポリ人ではない人間がこれほど素晴らしく表現するというのはとても難しいです、貴方の事を称賛します。あなたはすっかりナポリに受け入れられたのです!」と言いました。私もとても気に入りました、この受け入れられたのです、という言葉は。彼は電話を切る前にもう一言さらに付け加えました。「とある険しい道で一人の女性のヒールの音を聞くというのは、本当にナポリ人だけのファンタジーだと思います!」

■「明日の朝、検死をしなければなりません!」と言ったのです

これから⒓年前にセッラ(・ユルマズ)の家での食事会でとても愛らしい女性と出会いました。ある撮影監督の奥さんでした。私たちはとても素晴らしい会話をしたのです。二人の間に電流が走ったようでした…。しかし突然、こう言ったのです。「フェルザン、とても素晴らしい夜でした、しかしながら私はもう行かなければなりません!」。「あ、なんでですか?」と私は言いました。「明日の朝、検死をしなければならないのです!」と言いました。その美しい女性は、法科学のドクターだったのです。彼女が去る際に私はその後ろで考えました。翌日に検死をした人間があぁ、まさかもしも私であったら、彼女を大変に驚かせてしまう事ではないか?
このアイディアを私は頭の片隅に書き留めておきました。そしてこの映画はそれから始めたのです。私たちの間では何も起こりませんでしたが、映画の男性と女性ではそれが起こるのです。

■特に欠点のない女性を選びはしませんでした

-銀幕では通常、若い主役の女性が前面に出ますね、ラブシーンで通常、彼女たちが好まれます。主役を演じる女性たちが前面に出ます。しかしあなたの主役はその理想的なBWHが90-60-90の女性のサイズからは遠いです。これも人を驚かせることです。なぜこのように望んだのでしょう?

なぜなら人生がそのようであるからです。現実の人生で欠点のない肉体などありません。存在したとしても必要がありません。16年前にジョヴァンナを、『向かいの窓』でのとても痩せた若い女性として設定しました。しかしながら、それでもとても美しい女性です。この頃、私にとってあらゆる点で 40-45歳の女性が、20歳の女の子よりもとても興味深く魅力的でした。同時に45歳の男性も25歳の若造よりも魅力的でした。なぜなら特定の年齢では、魅力というのが頭と関係するのです。この映画でも勿論、理想的な形で適した女性が私の主役となり得ましたが、特には望みませんでした。女性たちも私に感謝をしたのです。

■女性は男性よりも上位です、それは覆りません

-これは女性の映画なのですか?

「目」が、映画の中で沢山あります。目は、人生を見るという事、人生を読み解くという事です。映画の観点では「子宮」は人生という意味です。これらの全てがそれぞれに結びついている事です。そしてはい、これらの全てが女性にやってくるのです。女性に対する暴力、乱暴の背後には一体何があるのでしょうか?男性の恐れがあるのです。彼らは従えさせられます。なぜなら女性が上位なのです。それは覆りません。自然は女性をさらに上位に置いたのです。人生はそのようなのです。出産をする女性、生命を続けさせる女性。男性はこれをいかなる時も越えられませんし、殆どの場合は女性の力の下にあるのです。

-映画は一人の男性の出産から始まります。これは一体どういう事ですか?何なのですか?

これは非常に古いナポリの伝統です。これも秘密の一つです。出産を舞台で演出する時には、出産をする女性を真似るのは男性です。恐らくは昔は女性は舞台に上がる事が出来なかったのです、その時から続いている伝統なのかもしれません。男性が言うのです。「一人の男と女が交わります。そして彼らに起こる事も最後には非常に痛みも伴うことでしょう。生命が誕生します。しかしこの生命は、最後には貴方に幸運をもたらすのです!」出産をする男性を見るという事は人を驚かせます。私も初めて見た時に妙な気持になりました、さらには恐怖を感じました。

■子供時代のトラウマは私たちの人生を決定づける

-主には何を説明しようとしたのですか?「子供時代というのは大空のようなものです、どこへ行こうとも行けばよいのです。その後が続くから」という事ですか?

はい、子供時代のトラウマというのは私たちの人生に重大な影響を与えます。セゼン・アクスのある曲で、「私の子供の頃は、茨の道で、いつも煉獄にいました」といった一節があります。それは本当に正しいのです。私たちの人生を本当に子供時代が決定づけます。そのためにも子供たちに敬意を払わなければならないのです。

-あなたの子供時代のトラウマはありますか?

ないという事がありますか!

-それでは、それらがなければ、これ程素晴らしい物語をモノにする事が出来たのでしょうか?あなたはこれ程よい映画の数々を撮る事が出来たのでしょうか?

私はここ数年ずっと精神分析に通っていました。なぜなら私には自分を信じきれない部分があったのです、自分自身を他の人々よりも価値がないものとして見てしまう癖があったのです。まるで、いつも何かが自分に欠けているように思っていました。何年間もセラピーによってこの私の問題を解決しようと努めました。イタリアで私は、大ヒットしました。誰もが皆ファンになってしまうような監督といったところでした、しかしながら私は家で一人暮らしをしていて、精神分析へ通っていたのです。私の子供時代は一方では、とても素晴らしく、また一方でとても困難なものでした。いつも煉獄にとどまっていたのです。(イスタンブルの)カラムシュのような素晴らしい場所で育ちました、世界の最も素晴らしい地区の一つなのです。しかしその一方で非常に私が苦しんだ事もあったのでした。母親と、また父親と私の関係ではとても難しい事が起こりました。しかし、これらも兎に角、私に役立ちました。つまりは私たちが味わった痛み、災難、遭遇した事件は、時には素晴らしい形で私たちの元に還ってくることがあるのです。

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:45681)