ロシア・ウクライナ対立、トルコの難しい選択
2018年11月26日付 Cumhuriyet紙


ロシアとウクライナの対立は、両国の間で実はソヴィエト連邦の解体以来続く、しかし近年ではかなり大ごとになった「兄弟喧嘩」の延長という様相を呈している。

最新に起きた対立の理由は、表向きには、2003年に両国が共同利用のために合意したアゾフ海とケルチ海峡へのウクライナ船の出入りを、ロシアが臨検しようとしたことに由来する。2014年にモスクワによって併合されたクリミア半島にあるケルチ海峡は、黒海への入り口であるという理由で戦略的に重要である。3月にウクライナが漁船を拿捕して以来、ロシアは当該地域に来るウクライナ船を臨検している。最新の事件では、ウクライナ政府は船3隻のルートに関して事前に通達していたと述べており、これを否定するロシア政府は「領海」侵犯であると主張している。

対立の表向きの理由は、要するにこういうことだ。では、本当の理由とは?

キエフ公国にルーツを持つロシア人とウクライナ人は、数百年間同じ国の傘の下に暮らし、その後1991年にソヴィエト連邦が解体した後、別々の国に分かれた。ロシア人にとって、共通の過去、文化、「大部分」宗教を共有しているウクライナ人が独立した国で生活しているということは、心理的に受け入れられなかった。

ウクライナは、残りの旧ソヴィエト共和国14カ国とは異なり、政治的・経済的・社会的な混乱から全く解放されず、五里霧中の状態が続いた。長い間、西欧と巨大な隣国・ロシアの間に挟まれているウクライナは、2013年に「独立広場事件」で内戦に突入したのち、ペトロ・ポロシェンコ氏が国家元首に選ばれたことで命運を西欧に委ね始めた。しかしロシアは、この動向のあと、ウクライナを西欧から自らを防衛する「緩衝地帯」と見なしているため、幾分パニック状態のなか、 2014年に黒海海軍の本部があるクリミアを併合した。さらにその直後、ロシア人が多く住むウクライナの東部にある2つの地域で起きた衝突の結果、親モスクワ分離主義者らが「独立」を宣言した。このような流れでウクライナを見つめると、もはや西欧だけを見据えているロシアは、実際に国を分割し、クリミアを併合して、黒海が「NATOの湖」に変わるのを防ぐという重大な攻撃をしかけたのだった。したがって、当該地域ではロシアと西欧の間でウクライナを介した「精算」が行われているのである。

■トルコの難しい選択

当該地域における動向は、二国とも親密な関係にあるトルコを難局に立たせている。アンカラは、シリアでロシアと行動を共にしており、戦略的プロジェクトにおいては協力しているが、多くのタタール系トルコ人も生活しているクリミアの、ロシア併合を認めてはいない。

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(翻訳者:金戸 渉)
(記事ID:45813)