米から返還のローマ時代モザイク「ジプシー娘」、初公開
2018年12月08日付 Hurriyet紙


アメリカからガーズィアンテプに運ばれたモザイク画「ジプシーの娘」の断片12枚は、ゼウグマ・モザイク美術館での、メフメト・ヌリ・エルソイ文化観光相も参加した式典とともに公開された。

メフメト・ヌリ・エルソイ文化観光相は「我らが国土で誕生してきた全ての文明の文化遺産への正当な権利を主張することは、われらが政策の基本方針である。この地から奪われた文化的財産がその故郷に戻されるよう強く注視していく。」と述べた。

エルソイ文化観光相はアメリカからガーズィアンテプに運ばれたモザイク画「ジプシーの娘」の断片12枚を公開することは、ゼウグマ古代都市が1998年に発見された日から今日まで、紀元2世紀と今日の世界の間の文化的橋渡しとなっていたと、ゼウグマ・モザイク美術館で行われた式典で語った。

エルソイ文化観光相は、今日本当のブランドに戻ったモザイク画「ジプシーの娘」は、神話上の「地母神ガイア」やアレクサンドロス大王や他の人物に関係するかもしれないと主張し、以下のように話した。
「科学的なデータのほかにこの肖像画に関して確かなことがあるとするなら、それは我々の記憶に我らが文化史の一端として刻まれることだ。文化的遺産を単なる「もの」以上にするのは、この帰属意識である。故に文化的遺産は同じ意識を分かち合うことを確かにする力強い絆なのである。今日我々はこの絆(繋がりの力)をさらに強くしている。「ジプシーの娘」が描かれた構図の一部である12枚の比類ないモザイクは、その本来の故郷で我々の前に姿を見せてくれている。この出会いによって、最初の11ヶ月で25万1千人の来館数を誇り自身の来館数記録を打ち破った、我らがゼウグマ美術館に対する関心はどんどんと高まっていくと私は信じている。私はさらに強調したいのだが、我らが国土において誕生してきたすべての文明の文化遺産への正当な権利を主張することは、われらが政策の基本方針である。この地から奪われた文化財がその故郷へ戻されることを我々は強く注視していく。これは我が国と全人類に対し、我々の責任が期待されるところである。」


■「全ての作品は本来の土地で光り輝く」

エルソイ大臣は全世界に、人類の共通の文化的遺産である作品が本来の土地で保存され、未来の子孫に引き継がれるということに対し、注意深く関心を示しているということを示すために、再度呼びかけながら、「流出してしまった作品は本来の土地に戻すという原則を皆が受け入れることは、我々の切なる願いだ。全ての作品はそれ自身の故郷で、そして本来の土地で光り輝き、その地で意味を持つのだ。この我々の文化財の真髄に対する我々の敬意は、我々のアプローチ精神(の表れだ)。」と述べた。
エルソイ大臣はゼウグマ古代都市発掘総責任者のクタルムシュ・ギョルカイ博士教授とそのメンバー、モザイク画の返還に尽力した全ての人に感謝を述べた。

在アンカラ米大使のマスラハトギュザル・ジェフリー・ホーヴェナー大使も、これほど重要な式典に参加できた喜びを述べつつ、アタチュルクの「トルコ共和国の基礎は文化である」との言葉を思い出させた。
ホーヴェナー大使は、トルコが世界の至宝のいくつかを有していることを述べ、「この素晴らしい地から古代文明が我々に再び呼びかけている。今日トルコの類稀なる遺産の一部であるローマ時代のモザイク画「ジプシーの娘」に「おかえりなさい」と言えてとても嬉しい。」と述べた。
ホーヴェナー大使は、文化遺産保護にはよく調整された、国際的な努力が必要であると強調しつつ、「つまり、皆が古い作品の流出を止め、これらが本当の家に戻ることを容易にするために最大限の努力をするべきなのである。アメリカ合衆国とその政府は、文化的遺産の保護保存活動において、トルコ政府も含めた世界の多くの政府と協力を行っていることを誇りに思っている。」と述べた。

ダヴト・ギュル県知事はガーズィアンテプが数千年もの文化的、歴史的遺産を所有することを強調した。
ギュル県知事は「大国であることは、小石がどこにあろうとも、それらを拾うことができる力にかかわってくる(拾えるかどうかにかかってくるのだ)」と述べ、故に今日、トルコは、自身に属する作品を、そして財産をレジェプ・タイイプ・エルドアン大統領の指揮のもと本来の土地へ取り戻したのだ、と述べた。

ガーズィアンテプ広域市のファトマ・シャーヒン市長も、世界の心臓が、鼓動が今日「ガーズィの街の」ゼウグマ美術館で脈打っていると述べた。

■「ジプシーの娘」は、姉妹のベルクスと巡り会った

シャーヒン市長はとても興奮していて幸せだと話し、「我々に言わせれば、豊かさとはアナトリアであり、豊かさとは歴史であり、豊かさは文化であり、豊かさは文化遺産である。今日あなた方はこの美術館でローマ時代の最も美しい優美さ、美意識、知性、芸術作品、社会生活を目撃する。60年前に大きな切望とともに始まった「ジプシーの娘」はその家族に巡り会い、姉妹に巡り会い、自分の絵画に巡り会う。「ジプシーの娘」が家族に、姉妹ベルクスにどのように巡り会うか、皆で一緒に目撃しよう。」と述べた。

スピーチの後、モザイク画の上の覆いをエルソイ大臣、国会議員たちと他の来賓らによって外されて、展示のため公開された。

一方で、ゼウグマ古代都市発掘総責任者のクタルムシュ・ギョルカイ博士教授も運ばれた断片とモザイク画全体について、エルソイ大臣に説明した。

式典の前、有名なハープ奏者のシリン・パンジャルオール氏とボラ・ウイマズ氏によって今日のため特別に作曲された組曲「ゼウグマ」が演奏された。

一方、断片の中に存在する女性の頭の肖像画に、モザイク画の発掘された村の名前である「ベルクス」の名が付けられた。

モザイク画「ジプシーの娘」の端のところから盗まれたモザイク画の12枚の断片には、サテュロス、(牧神)パーンの顔、インドクジャク、マイナスの顔などが描かれている。

■1965年以降アメリカにあった

ゼウグマのモザイク画は、1960年代にニズィプ郡から10kmの距離にあるベルクス街区の近くの、ユーフラテス川の河岸にあったゼウグマ遺跡場での違法発掘で国外に持ち出され、1965年にボーリング・グリーン州立大学へ、3万5千ドルの値段でピーター・マークスという名の美術商から売却され、その日以来大学のウォルフェ美術センターのエントランスで、ガラスパネル内に並べられた状態で展示されていた。

作品がトルコに運ばれるために文化観光省とアメリカのボーリング・グリーン州立大学の間で約5ヶ月前、協定に署名されて、手続きが始まり、モザイク画の断片は飛行機で11月28日にガーズィアンテプに運ばれた。

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら
原文をPDFファイルで見る
原文をMHTファイルで見る

 同じジャンルの記事を見る


(翻訳者:伊藤梓子)
(記事ID:45881)