浜松国際ピアノコンクール優勝 ジャン・チャクムル インタビュー
2019年01月12日付 Cumhuriyet紙


ジャン・チャクムルは弱冠21歳にして、世界を代表するトルコ人音楽家ファズル・サイの後継者とも目される。しかし彼が望んでいるのは数々の賞を総なめにすることや他の誰かに取って代わることではない。音楽の真の目的は、聴き手に唯一無二の体験をしてもらうことだと語る。

ジャン・チャクムルはまだ21歳の非常に若いピアニストで、昨年11月に日本で開催された第10回浜松国際ピアノコンクールで第1位に輝き、クラシック音楽界で一躍注目を浴びた。それ以前にも国際コンクールの年齢別カテゴリーで数多くの賞を受賞してきたが、その演奏技術だけでなく、音楽面での知識・経験の蓄積が目立つ。チャクムルに成功と音楽家としてのキャリアについて話を聞いた。


■教授たちから影響を受けた

―最初に熱中したのはギターと聞いています。もしそのまま続けていたらもしかすると今頃若きロック界の才能にインタビューしていることになっていたかもしれませんね。

私はただギターを弾いてみたかっただけです。もし違ったことになっていたら、そしてギターで(音楽を)始めていたら、どうなっていたか見当もつきません。演奏する楽器が演奏者の音楽の概念を形成するのです。やはりどんな楽器を選んだとしてもクラシック音楽に惹かれたかもしれませんね。それでも全く違うタイプの音楽家になっていたと思いますが。


―最初に音楽界であなたの名前が知られるようになったのはいつでしょうか?

その質問に答えるのは難しいですね。考えたこともなかったので。「有名になったかな?」と考えたところで音楽家になれるとは思いません。2012年にローマ国際ピアノコンクールの若手ピアニスト部門で優勝しました。コンクールに優勝することは、ある意味さまざまなドアを開ける身分証なのです。2012年に初めて身分証を手にしたと言えるかもしれませんね。


―いつピアニストを職業にしようと決心しましたか?

先ほどの回答とは逆に、ピアニストを職業にしようと決めた日まで覚えています。2010年に初めて海外のサマーアカデミーに参加し、環境や、授業を受けた教授たちの生き様にとても影響を受けました。一週間の終わりに、ピアニストを職業にできるかどうか先生方に聞いたのを覚えています。「できると思う、可能性はあるよ」と答えてくれたことも。


■ダイアン・アンデルセンは「聴くこと」」を教えてくれた

―ダイアン・アンデルセン(Diane Andersen)のマスタークラスでは音楽面でどのようなことを学びましたか?

ダイアン・アンデルセンとの関係は、たんなる先生-生徒の関係を超えるものでした。私の中の音楽の概念を形成したのは彼女です。芸術に関する彼女の哲学的アプローチを、決して私を彼女自身の複製にすることなく、私に受け渡してくれました。このため彼女と私は同じ窓から音楽を見ていると思います。アンデルセンが私にあれこれ何か具体的なことを教えてくれたと言うことは、彼女の価値を損なってしまいます。というのも彼女が教えてくれたのはひとつの総合体として音楽を聴くこと、理解すること、そして分析することだからです。今私はドイツのフランツ・リスト大学で素晴らしいもう一人の恩師グリゴリー・グルツマンのもとで学んでいますが、アンデルセンとのレッスンは続いています。彼らは個性がまるで異なっていても補完し合っているように思います。


―長期にわたってTÜPRAŞの支援によるギュヘル・ペキネル、シュヘル・ペキネルの「世界の舞台で活躍する若手音楽家のためのプロジェクト」に参加していますね。このプロジェクトについて少し教えていただけますか?

このプログラムは単なる若手音楽家のための奨学制度とは異なります。私たちが海外で教育を受けられるように奨学金と楽器の援助をしてくれます。クラシック音楽の世界で生活やキャリアを思い描くことは非常に難しいことで、真っ暗な井戸に飛び込むようなものです。私たちが正しい道を歩めるように、生活できるように、道を見失わないように、一人一人のことを注意深く見守ってくれています。さらに私たちはプログラムに参加している他の音楽家と一緒に演奏活動も行っています。これは非常に重要なことです。というのも室内楽は、単に(ソロ活動とは)別の音楽ジャンルであるだけではなく、人間の芸術的な成長、また個人としての成長に大きく貢献できる手段ですから。


―浜松国際ピアノコンクールのクラシック音楽界における国際的な重要性について教えてください。

浜松国際ピアノコンクールは、受賞者に対して世界的なキャリアを保証するほど影響力のあるコンクールです。(コンクールで優勝したことで)私にとって初めての、スウェーデンの企業BISによって世界中で販売されるCDのレコーディングが待っています。その後は2年間にわたりヨーロッパやイギリス、それからもちろん日本の主要なコンサートホールで、素晴らしいオーケストラと指揮者と共演します。さらに特典の一つとして、イギリスのクラシック音楽における大手のマネジメント会社とも提携しました。
しかし肝心なことを忘れてはいけません。コンクールはさまざまなドアを開けてくれますが、本人がそのドアを通り抜けなければならないのです。音楽コンクールには他のジャンルと異なる面があると思います。たとえばスポーツ競技においてアスリートにとっての目標とは競争やトーナメントで勝つことですが、音楽家にとっては一つの手段に過ぎないのです。


■期待がプレッシャーを生む

―コンクールではどの曲を演奏したのですか?

選考は4段階に分かれていました。日本に滞在した約一ヶ月の間に4つの選考で様々な時代の作品を演奏しました。コンクールの第4次選考(本選)ではリストのピアノ協奏曲第1番を高関健の指揮のもと東京交響楽団と演奏しました。


―あなたはまだ非常に若いですが、あなたをファズル・サイと比較する人もいます。これについてプレッシャーを感じていますか?将来に向けてどんな目標を掲げていますか?

そのように言われるのはとても幸せで光栄なことです。期待は常にプレッシャーになります。これは認めざるをえない事実です。コンサートに何の期待もしないで来る人はほとんどいないでしょう。コンサートの宣伝では、多くの場合、そのコンサートがどれほど特別で感動的かアピールしますよね。それだけでも期待を煽ります。音楽家の責務とは、観客に特別な体験を胸に家に帰ってもらうことです。このプレッシャーはどんな音楽家も生涯、責任感として感じるものです。しかし仮にファズル・サイや他の誰かの「後釜に座る」ことがプレッシャーの要素だとしても、私がそれを感じたことはありません。
将来の目標について言えば、人生がサプライズに満ちたものであるということを忘れてはいけません。基本的に私の目標は音楽を演奏すること、可能なかぎりたくさんのことを試してみることと言えます。


■芸術をも失った

―クラシック音楽は20世紀に大きな変革を迎え、それ以前に比べて様式や感覚において大変な違いがみられます。あなたは20世紀の作曲家たちに親しみをもっていますか、もしくはクラシックの方が好みでしょうか?

20世紀と聞いて我々が思い浮かべるような作曲家たちが名曲を書いてから今日まで100年近く経っています。それでもこうした音楽が信じがたいほど現代的に聴こえる理由は2つあると思います。第一に私たちの耳が数世紀前の音楽に慣れ親しんでいること、そしてそうした音楽によって我々の音楽的な快楽が方向づけられていること。二つ目はこうした(20世紀の)作曲家たちが真に新しい何かを生み出すことに成功していたということ。20世紀の作曲家たちはすでに音楽史の上ではクラシック(古典)に仲間入りしていると思います。しかしこうした作品は、一部の例外を除いては、聴き手からするといかなるときも「古典」に入ることはないでしょう。苦しみに満ちた20世紀前半に我々が直面し失ったのは、人類が経験した蛮行と二回の世界大戦で亡くなった数えきれないほどの人々だけではありません。ある意味で新しい芸術に対する必要性をも失ったのです。存命中の作曲家の作品が演奏プログラムのメインになるケースを私たちが目撃することはほとんどありませんよね。私たちが本当に考えなければいけないことはそのことだと思います。なぜ私たちは100年前の音楽を新しい音楽として扱っているのでしょうか?


■モーツァルトとハイドン

―あなたはどの時代のどの作家を解釈し演奏するのが好きですか?

個人的には古典派と初期ロマン派に親近感を感じていると言えるでしょう。モーツァルト、ハイドン、それから特にシューベルトを演奏することに喜びを感じます。他方で私に特定の作曲家を好まない権利があるとは思えません。もちろん理解するのが特に難しい作曲家はいます。たとえばチャイコフスキーやラフマニノフをどれほど好きでも、こう聴こえてほしいと望む形で私が演奏できているとは思いません。

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(翻訳者:篁 日向子)
(記事ID:46178)