内務省、アンカラ駅前爆破事件被害者から金銭要求
2019年09月30日付 Cumhuriyet 紙

トルコの歴史上もっとも血が流れ、103人が死亡し、何百人もが負傷した2015年10月10日のアンカラ駅前爆破事件において、遺族と負傷者たちが、国家機関に過失があったとして内務省に対して賠償を求めた裁判の結果が出た。

行政司法は、「人々の感じた痛みと悲しみに対する」精神的な賠償について、請求された額よりかなり低額の金額で判決を下した。行政司法は、さらに、請求額と判決の下った額の差額を勘案して、法規定に沿って10月10日の爆破事件の犠牲者たちが内務省有利に訴訟費用を払うよう要求した。内務省は、補償金を払う前に、弁護士を通じて訴訟費用を徴収するために原告である10月10日の爆破事件の犠牲者たちに通知を送付した。控訴しない予定の一方で、訴訟費用を回収している内務省は、10月10日の爆破事件の犠牲者たちがこの費用を支払わない場合、強制執行を開始するだろう。棄却された補償金は高額なため、内務省有利に判断された訴訟費用は4000リラから1万2000リラの間で変動するだろう。

■国に過失はないが、補償金は支払われなければならない

この件について、10月10日の爆破事件の弁護団のヌライ・オズドアンは、ドゥヴァル紙のオズレム・アカルス・チェリキ記者に次のように述べた。

「行政司法は、最近判断を下し始めた。遺族と被害者たちに物的・精神的補償金を支払うよう判決が下された。しかし、行政司法は、刑事司法同様に、公共機関の責任を調査するよりも、社会的危険性の原則と私たちは呼んでいるが、行政がテロ攻撃の範疇とみなす事件では過失と結びつかない社会的責任を要する原則を適用した。つまり、『国の業務には過失はない。しかし、社会的危険性の原則に基づいて必要とされる補償金は支払われるべきである』と。行政裁判では、国の責任を示す訴状の内容を理由に、一部弁護士たちについて調査も開始された。しかし、訴状の根幹をなしているのは、刑事・行政捜査において明らかにされた警察機関と諜報機関の責任を明らかにする証拠である。」

■判決は、犠牲者がこれほどしか痛みと悲しみを感じなかったということである

「物的な補償額は、障害と損失補填の計算に基づいて裁判中と裁判後に決定される。一方、精神的な補償額は、個人が感じた痛みと悲しみの対価として定められる。行政司法は、精神的補償金の裁判において、請求額よりかなり低い額の決定を下し、棄却された額を勘案し法的規定に沿って内務省有利に訴訟費用を判断した。しかし、この大量殺戮と近しい人が亡くなったことによって感じた痛みと悲しみへの必要な説明も十分な対価も示さなかった。行政司法は、棄却された金額に関する判断については[その理由を]判決文に記載しなかった。結果としてこの判決は、犠牲者がこれほどしか痛みと悲しみを感じなかったと判断したことになり、犠牲者たちの請求額よりかなり低い補償金となった。行政司法が勇敢に振舞って証拠を集め検討していたならば、補償金の請求額は満額認められ、責任者たちについては検察へ通知されただろう。遺族も再び不当に扱われることにはならなかっただろう。」

■人々の傷は再発し、深まった

「内務省は、省の監査官に作成させた報告書で、国家機関の意図と怠慢を示した一方、行政司法は『怠慢と意図はない。[そうであれば]彼らはこれほど精神的な痛みを感じていない』として、事件で最大の責任があった内務省有利に訴訟費用額を定める判決を下した。遺族の中の支払い可能な人たちは一部の費用を払った。近親者を失ったことに対して責任がある内務省に支払いをしなければならなくなって、人々は再び傷を思い出し、傷を深めた。」

■全ての請求を認める判決が下されるべきだった

「既存の証拠により行政司法が行うべきだったのは、精神的な補償金に関して、この無法行為の発生と大量殺戮が起こるプロセスを考慮して、全ての請求を認める判決を下すということだった。内務省の管轄である警察機関と諜報機関が大量殺戮を阻止せず、さらにはそのことを許し、ある要素に関わり合っていたことに関する十分な嫌疑と証拠があったにもかかわらず、内務省が犠牲者に訴訟費用を求めることで、さらに傷つかないよう[判断するということを]期待するのは無理だったのか。一人の法律家として私にはわからない。」

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( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:47665 )