ネットフリックス:世界のドラマにおける「トルコ人イメージ」問題
2019年10月09日付 Milliyet紙


ドラマ『サバイバー: 宿命の大統領』では、7月15日クーデター未遂事件を思い起こさせるエピソードが挿入された。ネットフリックスの『ザ・スパイ -エリ・コーエン-』では、分断されたトルコ地図が物議を醸しだした。『13 Commandments』はベルギー製作のドラマだった。殺人事件を起こしたトルコ人の家でアタテュルクとエルドアンのポスターが掲げられていたことも、批判を巻き起こした。ジェマート組織についてのエピソードを含むプロジェクトの数々があり、『サクセッション』においてもまた、戦略結婚やその他のほほえましい幾つもの例が含まれていた。

■一体何があるのか、どのようなものが・・・

例えば、『ザ・ホワイトハウス』においては、トルコは、アルカイダに見立てられた。「密通をした女性を断頭罪に処す国」と言われたそうだ。『LOST』においては、「トルコ語がわかりますか?」と質問をしてくる人間がテロリストであるというのは、まったく滑稽なことではないだろうか?『ママと恋に落ちるまで』に登場するロビンというキャラクターが、自分の足の毛が濃いことに触れた際に、「トルコ人レズビアン」という譬えを持ち出した場面が存在している!
『24 -TWENTY FOUR-』ドラマではトルコ人はテロリストとして映し出されていた。この「イメージ」の数々の問題に終わりはない。『ザ・シンプソンズ』にとってトルコのイメージというのは、トルコ帽を被りズルナを奏でてマリファナを吸う人種なのだ!
既に定着してしまったこのイメージを打ち壊すのはもはや不可能だ。しかしながら、他のイメージの仕事というのもまた生まれ始めている。それはトルコ発の、私たちが製作したドラマの数々における「トルコのイメージ」である・・・


■アラブ人が文句を言った

ボスフォラス海峡の景色を含むドラマの数々は、西洋と南アメリカにおける「トルコ人イメージ」を変えたということは出来るだろう。西洋の「トルコ帽をかぶるトルコ人」イメージが、例えばアラブ諸国における「現代のトルコ人」にとって代わられるようになると、大きな問題になった。ドラマ「ギュムシュ」が、初めて2007年にサウジアラビアの視聴者と出会ったときに、(トルコの)信心深い人々と一般市民をようやく相対化させたのだ。今日において西洋での「トルコ人のイメージ」とは、イタリアにおけるジャン・ヤマン氏のブームであり、フランスとスペインで吹き荒れるトルコドラマ旋風は、テレビにおいて僅かではあるがバランスをもたらしている。

■トルコ製作ドラマの外国人たち!

ここでちょっと戻ってみて私たちのことを振り返ってみよう。私たちのドラマにおける外国人「イメージ」の数々とはどのようなものなのだろう?
私たちの国産ドラマではロシアとウクライナ人女性はいつも娼婦役で、シリア人男性はテロリストとして映し出されてしまっている・・・(エルジェス大学通信、エジェ・ウヌル氏の記事/2013)。
これが、この状況を纏めている。男性の状況はどうなっているのかというと、その多くはスパイ役であり、トルコをその内側から分断させるために暗躍する人間だ。「ロシア人女性は娼婦役から、花嫁役やスパイ役にとってかわるようになったんだよ。忘れないで。」と私の家族は言っていた。簡潔に言って「ドラマにおけるイメージ」の諸問題は終わることがないだろう。問題は、「誰がより影響力をもつことになるのか」という状況なのだ。

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:47784)