モスタルの橋、破壊から26年
2019年11月10日付 Hurriyet紙


ボスニア・ヘルツェゴビナにあるオスマン帝国最重要モニュメントのひとつモスタル橋がクロアチア砲兵部隊によって破壊されてから26周年を記念するイベントが催された。
ボスニア戦争中の1993年11月9日に破壊された橋での式典は、10時16分のサイレンとともに始った。
エメラドグリーンのネレトヴァ川にカーネーションとユリの花が投げ込まれると、モスタルのダイバー ジャスミン・クレソ氏が歴史的な橋から静かに飛び込んだ。
ヘルツェゴビナ・ネレトヴァ県(カントン)のセリフ・スパゴ議長は式典スピーチの中で、何年も昔、橋は理由もなく崩れ落ちたと強調し、「我が国の文化遺産であり500余年前に建設されたこの橋を愚かな思いつきの標的にすることは誰であっても許さない」と述べた。
雨も気にとめずに自身を冷たい川の水に投じたクレソ氏も、「もっと素晴らしい出来事の記念に飛び込みたかった。人生でおこなってきた飛び込みのなかでも最も苦しいものの一つだ」と述べた。
モスタル・ダイバーズクラブの広報担当者であるササ・オルチェビッチ氏は、11月9日はモスタル史上最大の暗黒の日であると述べつつ、「こうした事件がボスニア・ヘルツェゴビナだけでなく世界中のどこであっても絶対に繰り返されないよう、そして起きたことを忘れないよう、我々はこの式典を行っている」と話した。

■ トルコの支援受け改修

建築家ミーマール・スィナンの教え子である建築家ミーマール・ハイレッディンによって1566年に建設されたモスタル橋は、都市名にもなっているとおり何世紀にもわたりそれぞれの文明と様々な文化を統一する役目を引き受けてきた。
市内のボスニア地区とクロアチア地区を相互に繋いでいる橋は、何世紀にもわたってモスタルのジャンパーが飛び込み台として利用してきた。
橋は、1993年11月8日にクロアチア砲兵隊が開始した激しい砲撃に耐え切れず、一日後の10時16分に崩壊。何世紀もお互いの文化をつなげてきた歴史的な橋の崩壊に多くの国が黙っていなかった。トルコの支援を受けオリジナルに近い形で改修された橋は2004年の開通式典で開通した。
モスタル橋はモスタル旧市街とともに2005年にユネスコ世界遺産に加えられている。

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(翻訳者:原田星来)
(記事ID:48034)