トルコ映画:ある国産アニメ映画成功の物語『ソフトボイルド・ギャング団2-ギョベクリテペ編』大ヒット
2020年01月20日付 Milliyet紙


映画、そしてまたテレビにおいても国産のアニメーション映画の風が吹いている。国産作品である『ソフトボイルド・ギャング団』に子供たちは大きな関心を抱いている。『ソフトボイルド・ギャング団』もポピュラーな子供キャラクターとなった・・・

大統領府とともにあるインターネットプロジェクトが行われる。映画の制作者であるイスマイル・フィダン氏とTRTとの共同で制作されるプロジェクトがどのようなものとなったのか、そしてどのようなことが行われたのかという事を私たちは語り合った。
さぁ、国産アニメーション映画の物語である・・・


映画界では国産『アニメーション映画』の風が吹いている。『ソフトボイルド・ギャング団2-ギョベクリテペ編』は、現在公開されている映画作品の中で興行収益で第一位になった。第四週で観客数は230万人に達した。この数字は大きい。1月23日にはヨーロッパ全土の映画館で公開される予定だ。

『ソフトボイルド・ギャング団』は子供たちが歓喜するアニメーション映画となった。第一作は『ソフトボイルド・ギャング団:トンネルの冒険』である。それもまた大きな関心を呼んだのである。

アニメーション映画である『ソフトボイルド・ギャング団』は毎日TRTでシリーズ物として放映されている。TRTとİSFスタジオズの共同作品なのだ。私たちは『アルプスの少女ハイジ』や『ニルスの冒険』といったアニメーション映画を観て育った。しかしながら新しい世代は、それ以上に国産アニメーション映画が大好きなのだ。

『ソフトボイルド・ギャング団』は世代間の橋渡しのような存在にもなった。映画は祖父たち世代、また同時にその孫たち世代にも好かれていて、この映画に関してはお互いに様々な話題を共有できる。

『ソフトボイルド・ギャング団』はまた大衆の子供の顔となった。「健康ギャング団」が保健相とともに制作されたのだ。また内務省と合同で、子供たちの教育のために「交通ギャング団」も制作されるそうである。またもう一方のプロジェクトは、大統領府デジタル改革オフィス庁との共同制作になるそうだ。「デジタル・ギャング団」である。そのアニメーション映画においても子供たちに対して、安全なインターネットとインターネット上でどのように時間を過ごす必要があるのかということが解説されるのだ。

■歴史の一ページとなった・・・

『ソフトボイルド・ギャング団』が一体どのようにして誕生したのかということ、また、子供たちのアプローチをİSFSTUDIOSのオーナーであり制作者であるイスマイル・フィダン氏と語り合った。

フィダン氏の、アンカラのギョルバシュにあるスタジオを私は訪ねた。そこでは80人が仕事をしており、アメリカの映画スタジオのような空間が作られていた。スタジオではフィンダン氏が、数々のアニメーション映画の制作とその音声の吹き込みがどのような作業で行われたのかということを、私に一つ一つ案内してくれた。さて『ソフトボイルド・ギャング団』の物語が一体どのように出来上がったものであるのか、一緒に見ていくことにしよう・・・

■『ソフトボイルド・ギャング団』のアイディアはどのように生まれたのでしょうか?どうして『ソフトボイルド・ギャング団』という名前になったのでしょうか?

2007年に私は修士課程にいました。修士論文を執筆しました。私はプログラマーです。私が開発した幾つかのプログラムがあります。1980年代を調査しました。様々な本では80年代はクーデターの年月だ、と常に言われてきたようです。もし子供が一人いたとして、振り返って歴史の本を読んでみても、クーデターの年月以外に何も残っていないのです、新しい世代にとっては。しかしその一方では、私が生きていた子供時代が存在します。私はクーデターを全く感じなかったのです。現在、様々な近所付き合い、その地区の文化や子供が大地と共に存在していたということが忘れられてしまったようなのです。傍らに本当の友人たちがいたのだということが。

現在では団地の文化というのは存在していません。しかしその時代にはありました。これを何らかの形で、歴史に記録しておかなければならないだろうと考えました。腰を据えてプロジェクトに取り掛かり始めたのです。最初の段階での名前は「高台団地」でした。その後で「ギャング団」にしようじゃないか、と言ったのです。「ギャング団」も個性に欠けると思いました。卵の完熟ではないものを「ソフトボイルド(半熟)」と呼びます。まだ未熟な存在の子供たちもソフトボイルド・ギャングと言えるだろう、と思ったのです。私たちの子供たちの全ては間違いもしえますし、問題も解決することができるのです。これらのこともまた鑑みて、まだ完成されていない個性を表わすフレーズだと思ったのです。そういう訳で「ソフトボイルド・ギャング団」にしようじゃないかと言ったのです。

■最近の子供たち・・・

-最近の子供たちはこれを見るだろうかと思いましたか?

最初のプロジェクトの段階で実際のところ「最近のこどもたちというのはこれに関心を寄せるだろうか、鑑賞するんだろうか?」と言っていました。私たちのことを私たちに説明させることにしようじゃないかと言ったのです。アニメ映画の時間になります。母親と父親がたとえそれを鑑賞していなくとも。皆自分のことに没頭しています。子供もまたそれぞれ、アニメの世界に没入します。その時に何か理解できないことが存在すれば、そこで子供たちは傍にいる人にそれを尋ねるはずで、そこで脳裏に刻まれることでしょう。もしも脳裏に刻まれることがないのであれば、自分の世界観に従って理解がされることでしょう。それもまた実際に子供たちを全く違う世界へと導く可能性があるのです。

母親と父親たちは「自分が生きることが出来なかった子供時代をここで生きています。」と言うでしょう。私たちのアニメーション映画は子供たち以上に、ずっと母親と父親が鑑賞している作品と言えるでしょう。そのため私たちは『ソフトボイルド・ギャング団』を世代間の架け橋と呼んでいるのです。私の最初の映画で、85歳のおばあさんが、40歳の母親と5歳の子供たちと一緒に写真を撮ってソーシャルメディアにアップしたのです。つまりは3世代がこの映画を観ているのです。

■世代の間の架け橋

85歳のおばあさんが『ソフトボイルド・ギャング団』の映画を鑑賞したいという気持ちはどこから沸いてくるのでしょうか?母親と父親が仕事をしているのでおばあさんが子供の面倒を見ているのです。彼女たちも映画を観ているのです。そして「これは私の子供時代だ」というのです。映画が終われば、孫たちに「私たちもこういうおはじき遊びをやったものだよ。」などというのです。

このようにして世代間の良質な安らぎの時間が生まれます。世代間の架け橋となるのです。
私たちはこのことを映画『トンネルの冒険』においても目の当たりにしました。

■「ギャング団」は1万2000年前にタイムスリップ

-あなたはどうして『ギョベクリテペ』を取り上げることにしたのでしょうか?

ギョベクリテペは、1万二千年前に造られた遺跡です。ありとあらゆる歴史の本が新たに書き直されています。

世界中の視線がこの地に集中しているのです。世代間の、また文化の間の橋を私たちは取り上げました。「ギャング団」の一部もそのため1万2000年前へとタイムスリップしたのです。ギョベクリテペでは専門家の方々から様々な見識を得ました。一体だれが、果たしてジン(精霊)たちが造り上げたのでしょうか?それとも宇宙人たちが作ったのでしょうか?とね。7-8トンもの重量の石がいくつもあるのですから。

一体どのようにして持ち上げられたのか、どのようにして造られたのでしょうか。専門家の方たちから、どのように作られたのかという事に関して具体的な情報を得ました。

映画においてもそのことは取り上げています。ウルファを、ギョベクリテペのことを私たちは解説しました。大人の方々もギョベクリテペと聞いてやってくるのです。映画を鑑賞する人々もまたギョベクリテペに行ってみたいと思うのです。こうして私たちは文化へ大きく貢献することができています。

■忘れられた団地の文化が物語られています

-テレビで放送されているあなたのアニメ映画には何が与えられていますでしょうか?

TRTで放映されている私たちのシリーズがあります。一日に6かもしくは9話が放映されます。1990年代以前、つまり1980年代を物語っています。『バスリおじさんとファトマおばあさん』です。忘れられてしまった団地の文化を物語っているのです。80年代といわれて子供がクーデターの時代を思い浮かべることはありません。存在していた子供時代の思い出が残るのです。子供たちに、一体君には何人の友達がいるんだい?と問いかけます。彼らは、500人だと言いますがそれは、ソーシャルメディア上での数です。私には5人の友人が団地にいましたが、彼らとは仲良しだったんです。

『ソフトボイルドギャング団』の放送の後、外遊びが始まりました。ポプラの木の根元に宝物が埋められました、映画の中で。それが現実に起こったのです。あなたも、そこに若木を植えてみてごらんなさいと私は言います。バスリおじさんが若木を植えて、それは今や巨大になったんだと私たちは言っています。一人の母親からこういう手紙が届きました。子供がポプラの木を探していたけれど、一体なぜだろうかとね。その子は『少年ギャング団』からそのことを学んだのです。私は衝撃を受けました。

ポプラの木のことを知らない子供たちが存在していました。80年代以前の価値や、近隣の人々と一堂に会する事、大人の人々への敬意を払う事そして団地の様々な文化を私たちは提供しています。外遊びを提供しています。

―観客動員数はどのようでしたか?

『ソフトボイルド・ギャング団2-ギョベクリテペ編』は映画館で大きな注目を集めています。初日、第一週、第一ヵ月目のように全ての記録を打ち破りながら進んでいます。とても強力な映画作品の数々が映画館では公開されています。それでも常にトップであり続けています。現在までに観客動員数は230万人に達したのです。公開されている映画作品の数々においても私たちは一番なのです。

■大衆の子供の顔


―ソフトボイルド・ギャング団は他には何をしているのですか?

ソフトボイルド・ギャング団はポピュラーな子供の顔となりました。たとえどのグループであれ、悩みが存在していればソフトボイルド・ギャング団に任せてしまおう、彼らが解決すると言われているのです。

我々は保健相と「健康ギャング団」を作りました。トルコで最大の可動式ステージを作り上げたのです。一つは東から、もう一つは西からスタートしました。
私たちはシリアの子供たちのためにもショーを行いました。様々な県でキャラクター達とともにショーを上演しています。

大きな関心を得ています。場所を見つけるのが大変です。ある県ではショーの観客は2万5000人に達しました。ディヤルバクルにおける私たちの上演は歴史に残るものとなりました。在外トルコ人・親族コミュニティ庁(YTB)とも協定しました。ニューヨーク、パリ、ベルリンといった実に多くの都市を訪れました。私たちはミュージカルの上演もしました。
トルコでは70近い場所で上演を行いました。同時に3つの異なる県で上演を行っています。

セリフと音楽の担当は私です。2歳の子供たちが私たちの曲を歌っているのです。子供たちの興味を呼ぶことと同時に母親と父親が気に入るようにするものを作っています。

■安全なインターネット

―新しいプロジェクトはどのようなものでしょうか?

組織的なプロジェクトの数々は常にやってきます。「健康ギャング団」は500万人の子供に届いたのです。YTBとともに訪れた国外で非常に大きな関心を得ました。「データ・ギャング団」を制作しました。個人データ保護省とのプロジェクトです。個人データが一体どのようなものであり、どのように守られる必要があるのか、どのように共有される必要があるのかということを子供たちに教えました。新しいプロジェクトとして、大統領府デジタル改革オフィス庁とともに「デジタル・ギャング団」を制作しています。そこではまた、子供たちに対して安全なインターネット、インターネットを用いてどのように時間を過ごす必要があるのかということを、個人情報のシェアがなされない必要があるのかということ、インターネットにおける有害な場所に入らないことが必要だということを、私たちは説明しています。また内務省とも合同でプロジェクトを実行します。「交通ギャング団」です。様々な交通規則を解説するのです。トルコ全土にもこのプロジェクトをまた提供したいと考えています。財務省と家族社会政策省も、私たちにどのようなことが出来るだろうか、と私たちに言ってきています。私たちは子供たちのために常に仕事をしているのです。

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『ソフトボイルド・ギャング団2-ギョベクリテペ編』の予告編はこちら
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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:48477)