「二、三年間、フォルーグの惑星に暮らしていました」―フォルーグ・ファッロフザードの人生を描いた小説のトルコ語訳が刊行
2020年05月13日付 Milliyet紙


イラン革命から現在に至るまで、アメリカで生活をしていた学者であるジャスミン・ダーズニクの最初の小説である『囚われの鳥の歌(Esir Kuşun Şarkısı)』は、自身の国において最も力強くそしてインスピレーションの源となっている人物であるフォルーグ・ファッロフザードの人生を描いている・・・

1935年から1967年の間を生きたその32年間の短い生涯において、数多くの物語や闘争、詩、反乱へ、争いに献身したイラン人詩人であるフォルーグ・ファッロフザードを描いたイラン人小説家のジャスミン・ダーズニク氏は最初の小説である、『囚われの鳥の歌』のその物語で彼女の在りし日の姿を鮮明に描き出している。「鳥が死んでしまう、あなたは飛ぶことを覚えていてください」、という一節で小説を始めた作家は、ファッロフザードの信条、辛抱強さ、更にはその創造を引き合いに出しながら、ある種の類稀な女性詩人が遺した負債を贖おうとしているのだ。ファッロフザードの詩からの数々の抜粋が織り込まれている小説では詩人の人生の物語を創作によって練られた物語の語りに読者は参加することになり、また(小説は)このような革新的な一人の女性のアイデンティティが不滅のものであることを裏付けている。
ヌル・エレン氏の翻訳によって出版されたこのバイオグラフィ小説は、ダーズニク氏が『いとこたち』とみなすトルコ人読者たちと共にカモメ出版社によって邂逅している。作家のジャスミン・ダーズニク氏がミッリエト・サナトに語った。



■なぜフォルーグ・ファッロフザードの人生を描きたいとお思いになったのでしょうか?
彼女の人生とご自身の人生との間には類似点をご覧になっていますでしょうか?

-彼女の死から現在まで10年がたったとはいえ、未だにフォルーグの人生の物語においては多くの空白や亀裂が存在しています。しかしながら私の想像の世界において自分の形でデザインをして「真実の」物語へ辿り着けることが出来るであろうということは分かっていました。かなり伝統的なイランのとある家族で育った人間として自分自身の経験において、彼女の様々な経験の響きを耳にしていたという事が出来ます。様々な条件は今日において私にとりましては勿論のことそれほどまでには重くのしかかるものではありません。しかしながら伝統とモダニティ、イランと西洋の間での圧力にさらされる事がどのような意味を持つのかという事は私には確かに分かっています。1950、60年代は、イラン人女性の人生において数多くの闘争がなされまるで戦争のようだったのです。そしてこの戦争状態はアメリカにおいて私の人生へ、とある形でもたらされたのです。

■「常に勇敢でした」

彼女の自らの声を届けようとする闘いをどのように御覧になっていますでしょうか?

-勇敢さをもって対峙しようとすることは、私たちにとっても更に勇敢になろうとすることの手助けとなるのです。フォルーグはその短い人生において常に勇敢な人物でした。ある男性像の協力を得ないで文学的な成功をその手に収めた最初のイラン人女性は彼女でした。数多くの人間が話す勇気さえもてなかったセクシュアリティや、政治的な圧力といった問題を誠実に取り上げたのです。彼女が作家になるという決定の代償は彼女にとってあまりに高くつきました。それは彼女を家族から遠ざけて、子供を失ってしまい、社会からは遠ざけられてしまったのです。

■あなたの調査のプロセスはどのようなものだったのでしょうか?あなたの幾つかの家族写真、もしくはお母さん、お父さんそして姉妹たちと共有した時間について小説の中で言及されていらっしゃいますね。あなたの手に渡ったお手紙の数々もしくはフォローグが所有していた個人的な書類の数々が存在していたのでしょうか?

―私は小説を執筆するという事を二、三年間他の惑星へと引っ越すことであると定義しています。2、3年間にわたって私はフォルーグの惑星に暮らしていたのです。マイケル・ヒルマン氏の『孤独な女(英題:A Lonely Woman)』という本はこの意味で、私に最も重要な二次資料となりました。しかしながらそれ以外にアクセスすることの出来るありとあらゆる類のものが私にとって役立ちました。フォルーグの書いたもの、二次史料、資料の数々、学術的な仕事の数々。私のアカデミックなバックグラウンドはこの意味において手助けとなったのです。調べものをすることからは本当に私は悦びを得ています。

■「本物の女性でしたしかしながら完璧ではありませんでした」

彼女の母親の暴力のためにフォルーグは頑固な少女でした、そしてルールを破ることに非常に喜びを感じていました。いかなる人間へもいかなることへも頭を垂れることはないと彼女は誓ったようです。あなたのお考えではその言葉は果たして守られたのでしょうか?

-一人の女性としてその通りです、彼女はその言葉を守りました。一人の女性としては、彼女はその誓いを破っています。エブラーヒーム・ゴレスターンとの関係は本当に愛情に満ち溢れていたものでした。しかしながら時折それは絶望の淵へと引きずり込んでいったのです。
彼女は本物の女性でした、勇敢な女性でしたしかしながら完璧ではなかったのです。私たちのように。

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:49082)