裁判所決定で75年ぶりにカーリエ、モスクへ
2020年08月22日付 Hurriyet紙


カーリエ博物館を75年ぶりにモスクとして礼拝のために開放するとの決定がタイイプ・エルドアン大統領の署名をもって、今月21日付の官報にて発表された。カーリエ・モスクの運営は宗務庁に移された。

アヤソフィアに続いて、イスタンブルのファティフ区のカーリエ博物館も行政裁判所の決定により博物館としての扱いを取りやめ、礼拝へと開放される2番目のモスクとなった。
カーリエの礼拝への開放についての決定はタイイプ・エルドアン大統領の署名によって今月21日付官報にて発表された。カーリエ・モスクの運営は宗務庁に移された。

◼️決定は以下の通り

1945年8月29日付の第3/3054号閣僚会議決定により、カーリエ・モスクは博物館及び博物館倉庫として使用するため、国民教育省に割り振られた。行政裁判所が昨年行った決定はカーリエの博物館としての扱いを取りやめ、モスクとして開放するための許可が出されるもので、タイイプ・エルドアン大統領決定によって適用された。決定ではおおむね以下のように述べられた。
「1945年8月29日付の第3/3054号閣僚会議決定により、ファティフ区カーリエ・モスクの博物館および博物館倉庫としての使用のため国民教育省に割り当てることについての箇所は行政裁判所第10法廷の2019年11月11日付決定により取り消されたことから、カーリエ・モスクの運営は1965年6月22日付第633号宗務庁組織および職務に関する法律第35条に基づき宗務庁に移され、礼拝のため開放されると決定された。」

◼️カーリエの決定とは何だったか

イスタンブル征服後、しばらく教会として使われていたカーリエは1511年にモスクに転用された。しかしカーリエ・モスクを含む多数のモスクや礼拝所は1945年8月29日付閣僚会議決定により、修復と保護費用を政府の予算から支出するため、博物館および博物館倉庫として国民教育省に割り振られた。行政裁判所第10法廷はカーリエ・モスクの博物館として使用は法律に反するとの訴えを退けた。決定の控訴に対し、行政裁判所行政訴訟審議会は2017年4月26日に第10法廷でこの決定を認めた。しかし改訂の申し出の段階であった昨年、審議会は多数決によってカーリエを博物館に変更する決定を取り消した。このようにしてカーリエをモスクとして礼拝のため開放することが可能になった。

◼️アヤソフィアの決定を後押しした

行政裁判所第10法廷はアヤソフィアをモスクから博物館に変更する1934年11月24日付閣僚会議決定を取り消す申し出によって開廷した第二審では、ヨーロッパ人権裁判所の判例と行政裁判所のカーリエ・モスク決定を先例として提示し、これを取り消した。博物館の扱いを取り消されたアヤソフィアは86年ぶりに礼拝へと開放された。

◼️外務省「トルコの財産」

外務省のスポークスパーソンであるハミ・アクソイ氏はカーリエ・モスクが礼拝のため開かれることについて、ギリシャからきた反応に書面で発表し返答した。「カーリエ・モスクはアヤソフィア・モスクのようにトルコが所有する文化財だ。一つの世界遺産地域で行われた扱いの変更は『UNESCO世界文化自然遺産保護に関する合意』に対する違反にはあたらない。」

◼️礼拝に訪れた人々が門前で待機

官報上での決定発表後、金曜礼拝に参加するためにモスクに訪れた市民が門前で待機した。一方で市民の一部は博物館カードで入場し見学した。職員はカーリエはまだモスクに変更されておらず、礼拝へと開放するために必要な指示が出されていないと市民たちに伝えた。カーリエ博物館での修復完了後に礼拝のために開かれると伝えられた。

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(翻訳者:伊藤梓子)
(記事ID:49782)