SaveTheCinema :第39回イスタンブル映画祭の傑作国外最新ラインアップを紹介
2020年10月19日付 Cumhuriyet紙


第39回イスタンブル国際映画祭は、今年のパンデミックの条件によって10月9-20日の期間でオンラインと一部はフィジカルとして開催されている。映画祭の、その全てが鑑賞に値する非常に整合性のとれた映画作品の数々からなる国際コンペティションにおける印象を審査員の決定の前に、私的な嗜好に基づいてランキング作り、そこに評価の☆も付け加えた。

1)『ぺセルとマデル/息子と母親』は、シナリオを著名な作家監督であるモハンマド・ラソウロフ氏が執筆し、1975年のテヘラン生まれのアクティビストで女性映画監督のマフナズ・モハンマディ氏が撮影を手掛けた。一方では一人の母親が悲劇の主人公であるかのようであり、頑迷で非現代的な伝統の抑圧の中で不可能な選択を行うように強要される様を、その一方ではまた12歳の息子が彼女を助けるためにありとあらゆる困難とともに巨大な反抗と共に闘争する様を素晴らしく研ぎ澄まされた映画トーンと共に提示している傑作のレベルにある突出した映画作品だ。私の見るところではコンペティションのベスト作品だ。
(☆五つ)

2)メキシコ人映画監督のヨシュア・ギル氏は、メキシコの森林地帯でマリファナを栽培することに難儀し、麻薬の企業連合の冷酷さと彼らと闘争する軍隊の無関心さの間に捕らわれの身となってしまったかのように生きる村の住人の虚しさを、地域の異教徒の伝統と共にキリスト教徒の神秘主義のファンタジックなイメージと共にスクリーンに持ち込んで空へ、雲へ、自然の理解を超えた力に向かう並外れた自然のサーガへと生まれ変わらせている。真実味のあるドラマと非現実的なファンタジックな語りを大きな成功とともに組み合わせた、説明するのは少し困難であるが、鑑賞することは素晴らしく興奮するような卓越した作品である。(☆4と半分)


3)アンナベッレ・アッタナシオ氏が脚本を書き、監督をした『ミッキー・アンド・ベアー(Mickey ve Ayı)』はモンタナで暮らし、高校の最終学年である学生のミッキーが、イラクで闘い、トラウマの後に心的外傷後ストレス障害(PTSD)の問題を抱え、依存の問題、年を重ねているにも関わらずティーンエイジャーのような振る舞いをすること、自己憐憫そして憐みさせることによって娘を意識的もしくは無意識に虐待をして、アルコールに依存する父親であるハンクとの不安定な関係を、娘の視点から物語っている。アッタナシオは、父親が正にその魂を食べつくしてしまったこの少女によって、恐らくは希望をそして将来の無能で悪意に満ちたある政権によって破壊されつつある今日のアメリカの若者を象徴している。(☆4つと半分)

4)『アトランティス』は、東欧映画界で頭角を現しているスターの一人であるウクライナ人のヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ氏が執筆して、監督、そして映像監督と編集を手掛けている。2025年に、ロシアーウクライナ戦争が終結してから一年後の近未来が舞台で、戦争によって破壊されたウクライナの土地の、破壊された自然、消耗されもしくは崩された内部空間の殺伐とした美しさを反映しながら、落ち着いていたトーンでシンメトリック、一つのプランが貫く戦争後の物語である。ヴァシャノヴィチ氏は、殆ど提示されることのなかったある戦争の結末について、ここ最近の最も素晴らしく最も影響力のある戦争反対映画を作り上げた。(☆4つと半分)

5)ブラジル人出身のフェリペ・ブラガンチャ氏は、自らの存在とそして映画を作る目的を再び描写しようとする監督がブラジルからモザンビークに、そこからポルトガルへ、そこから再びブラジルに至る、真実の内的な旅を、ファンタスティックで非現実的な次元とともに、メランコリックで扇動的、そして非常にエンターテイメント性の高い映画言語とともにもたらしている。悲しみに満ちていながら、滑稽であり、自分に特有で魔法のような驚くべきそして影響力のある映画作品だ。(☆4つ)

6 ) アイスランド生まれの作家で映画監督のルーナ・ルーナソン氏は、『響き』において完全に固定された、それぞれ一つの画面から構成される56のシークエンスと共に、それぞれに文脈が存在しない、しかしながらジグソーパズルの断片もしくは一つのパッチワークのように、次第に全体性を獲得するアネクドートとともに、今日のアイスランドのノエルそして新年の月日において、訴えかける力と人間性、そして素晴らしくインパクトのあるポートレイトを描き出している(☆4つ)

7) クサヴェリ・ジュワフスキ氏の、父親で著名な監督であるアンジェイ・ズラウスキー氏がそのシナリオを執筆した第三作目となる長編作品『バード・トーク(原題:Mowa ptaków)』は、変態的でシュールな作風とともに現代ポーランドに対しての辛辣な言葉とアイロニックな批判を持ち込む一方で、それぞれについて面白い文学的そして映画的なレファレンと共に唯一無二のシネフィルのテイストも含んでいる。映画の終盤の葬式においてマイケル・ジャクソンの『スリラー(Thriller)』のパロディーへと転換する特出したシーケンスは忘れることができないものだ。(☆4つ)

8)ドイツに暮らすコソボの映画人であるヴィサル・モリナ氏が、執筆して監督をした『外国人』では、ドイツで化学エンジニアとして働き、自分の仕事と人生の喜びを喪失させるようないくつかの事件が民族アイデンティティに結び付いた専制と乱用であると認識をするコソボ出身のアルナヴト・ジャヘル氏がアイデンティティの危機に陥る姿を描いている。世界中に広がった外国人に対する排外主義の問題に関して、巧みに問題意識を向け、興味深く行間の間の隠れたブラックユーモアとともに影響力があって、よく書けていて、よく演じられた映画である。(☆三つと半分)

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:50152)