移管後のトプカプ宮殿の慘状
2020年11月23日付 Cumhuriyet紙

文化観光省から大統領府の国家宮殿庁に移管されたトプカプ宮殿の第一等歴史的敷地にある木が伐採され、軍学校の建物は取り壊された。

ソズジュ紙のバシャク・カヤ記者の記事によると、共和人民党のガムゼ・アククシュ・イルゲズディ副党首は、「トプカプ宮殿は所属機関の移管以降、多くの問題に直面した。現在も第一等歴史的敷地の木が無許可で伐採された」と話した。

■議会へ持ち込んだ。

イルゲズディ副党首は会見を行い、2019年6月6日付大統領令により、文化観光省から大統領府の国家宮殿庁にトプカプ宮殿が移管されたことに触れ、発生した問題を議会の議題とした。イルゲズディ副党首は次のように話した。

「この決定後、宮殿の庭にある文化観光省所管の歴史的作品保管庫と研究所で働く人々に様々な困難が発生し始めた。すぐに建物を明け渡すために強い圧力がかけられた。研究所の約100名の人員のうち僅か2名か3名のみが、特別許可で[所管]機関に入り働くことができるている。」

また、宮殿の庭にある第一等歴史的敷地にある軍学校の建物は無許可で取り壊された。これでは十分ではないかのように木も伐採された。

フアト・オクタイ副大統領が、『イスタンブル修復保存研究所、イスタンブル調査遺跡局、造幣所の建物内に置かれている考古学博物館所管の文化財は、文化観光省と国家宮殿庁の共同で適切な場所に移される』と返答したのを受け、イルゲズディ副党首は、「この返答からわかるように、2012年の大規模な予算により改修された研究所と調査遺跡局の建物も取り壊される」と話した。

■30人の君主の居所

トプカプ宮殿は、1478年スルタン・メフメトの時代に使用開始された。380年間オスマン朝の行政の中心であり、君主の居所であった。30人の君主が生活した。第31番目の君主であるアブドゥルメジド[1世]以降、君主一家はドルマバフチェ宮殿へ移動した。建設当初70万㎡を誇った宮殿の今日の敷地面積は、約30万㎡である。宮殿は、1924年4月3日に博物館に変わった。

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(翻訳者:新井慧)
(記事ID:50225)