国立宮殿絵画美術館、再開
2021年01月31日付 Cumhuriyet紙

「国立宮殿絵画美術館」が再開という情報が私の目に入った。どうやって情報を逃したのかと考えたが、国立宮殿は大統領府の管轄となっており、彼らは、本紙を招待する気はなかった。1月15日に身内だけで再開し、広報もしなかった。元々この美術館は新しわけではない。古くは、私たちが知っている国立絵画彫刻美術館である。ミマール・スィナン芸術大学の管轄であった時は、建物も古く、ほったらかしで閉鎖されていた。あなた方も記憶されているならば、絵画が行方不明であるという噂も流れた。その後、アブドゥッラー・ギュルが大統領在任時に再び整理して再開し、絵画コレクションを一定期間ドルマバフチェ宮殿で展示した。その後、作品は倉庫に移され、待機となった。2014年以降にドルマバフチェ宮殿の庭にある「後継者の間」の一部に7年間続く微細な修理を行った後に現代的な美術館のデザインが施されて、「大統領の訪問」によって開館された。

「我が美術館」とのことで、入口の警備員が言うには、大統領は「みんなに見てほしいので2月15日まで無料だ。」と言ったそうだ。学校も学期間休みである時期にオスマン朝時代と絵画について知識を得るために皆さんはお子さんをお連れになっては。あまり数は多くないとしても、絵画の題材となった宮廷女性の服装は、展示を見に来た女性たちの服装と比較にならないほど西洋的である。他の美術館や展示会では全く出会わない黒のベールを身につけた若い女性さえ訪問客の中にいた。テーマが宮殿とオスマン朝となると、客層も異なる。

■当時の作品

「テーマに沿った11の部門からなる」と謳われた美術館は、2階建ての建物の様々なサロンに展示された500を超える油絵からなる。この絵画の一部は、作者不詳の、つまり画家が不明で、一部はイスタンブルを気に入り、宮殿関係者を気に入らせて絵を売ろうとするオリエンタリストの外国人のものである。その中で最も有名なのはロシアの画家アイヴァゾフスキとイタリアのゾナーロであるが、一部は私たちが知っている侍従画家のシェケル・アフメト・アリ・パシャ、オスマン・ヌリ・パシャ、 オスマン・ハムディ・ベイ、ホジャ・アリ・ルザといった当時の著名なオスマン人画家である。19世紀と20世紀を生きた画家達の作品からわかることは、オスマン朝の君主達がその当時絵に対し反感やアレルギーはないということである。さらに、家系絵図や君主の画、特にポーズを取りながら描かせている肖像画(多くはトプカプ宮殿から持ってこられた)は、西洋とロシアの宮殿で私が見たものに引けを取らない。君主全員の肖像画がある。これらは以前にトプカプ宮殿で見たはずであり、知っているような気がする。ミマール・スィナン大学は、自身のコレクションである一部の肖像画を、当然ながら新しく開館される美術館のために取り戻した。このため、ここにはほどんどオスマン時代の宮殿の絵のみが残った。

■アイヴァゾフスキ・サロン

私が最も感銘を受けたサロンが、イスタンブルに恋い焦がれ、度々私たちの街を訪れ滞在した、著名なロシア画家の名前を冠したアイヴァゾフスキ・サロン(元、儀典の間)であると言わざるをえない。かの画家の海への想いは、ボスフォラスと海の景色の中によく現れている。とても大型な肖像画群より鑑賞に値する貴重なコレクションが展示されている。このため美術館にはロシア人客も多い。

オスマン朝の宮廷生活を映す肖像画も社会学的な重要性がある。特にある絵がとても印象的である。君主のうちの一人が廃位される場面。五人の官僚の前で、とても神妙な顔をして、目の前で読み上げられる勅令を聞いている。この絵は写真から模写して作成されたという。

■征服者スルタン・メフメトの肖像画

君主達が皇太子達に絵画の授業を受けさせ、工房が設けられ、さらには一部の者を[絵画教育のため]西洋に派遣したことも知っている。このほか、画家の大半が軍人出身で、軍学校卒業生である。驚くべきことではなく、その当時、西洋では絵画の技術は軍人達の手にあった。[絵を描くことは]写真がない時代、作図の将校職や軍事技術のために使われた。したがって、戦場の絵もとても普通のことであった。スルタン・メフメトのイスタンブル征服[の絵]には特別に場所の一画を割いている。艦船が金角湾にいかに入ったかと言う場面はとても印象的である。ゾナーロの署名がある。彼の他の著名な絵も、歴史教科書でお馴染みの、征服者スルタン・メフメトの二枚の肖像画であり、そのうちの一枚は君主がバラの香りを味わっているものである。

■収集家の君主

スルタン・アブデュルアジズは治世の際にパリにあるグーピル商会から沢山の絵画を購入した。大半が静物画と風景画であった。こうして最初の収集家はアブデュルアジズとなった。

君主達の他、ムスタファ・ケマル・アタチュルクの大きなサイズの絵もある。もちろん、トルコ共和国初代大統領として、ともかく忘れられておらず、廊下の一画にポツーンと置かれた一枚の絵であっても、回顧されているようだ。これほどアタテュルクアレルギーがあからさまでなければ、たった一枚であっても特別な部屋で展示しておけば良いものを!素晴らしい絵よ!

建物の天井の装飾は、信じられない程。恐らく七年間をこのために費した。金箔、デザインはこれほど凝っているので、巡る際には長い時間を天井やクリスタル製のシャンデリアを眺めることだけに割くべきである。この間、揺れを感じるなら、地震と考えないで、建物はなぜか、時に旗がはためかされる。職員に尋ねると、木製だからと答えた。

美術館の一番大きな絵画は、猟りの場面。フランスの画家フェリックス・オーギュスト・クレマンの「砂漠の狩り」という絵は、大サロンのひとつの壁を目一杯覆っている。血にまみれたノロを肉食鳥が啄む中、猟犬は休んでいる。

■安全性

複数名で巡回する職員は、単なる警備員で、撮影禁止なので、これを監視している。コロナ対策は十分ではないことも付け加えねばならない。イスティクラール大通りで買い物しようとすれば、すべての店舗の入口で体温が測られる。美術館の入口でビニール製靴カバーをつけるが、イスタンブル市営バスに乗車する際に問われるヘスコードや、店舗入場の際の検温といったことには誰も気にかけない。主婦のような繊細さで、絨毯が汚れないようにと、何百人もの人々が行き交う場所にマットを敷こうと誰も考えなかったのか。絵に関する知識を得るために音声案内があるのを、後で知った。誰の手にもなかった。多分、コロナ下で人々が使い回さないようにと撤去した。パンフレットも十分ではない。書籍があるらしいのだが、目にしなかった。私が説明したことで甘んじることになるでしょう。心に留めて欲しいのは、日曜を除いて9時から16時まで開館、出口には海を望めるカフェがあり、そこで様々な種類のお茶を味わえます、天気がよければ庭も最高だということです。いずれにせよ、宮殿の中なのですから。

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(翻訳者:新井慧)
(記事ID:50614)