名女優で政治家、ファトマ・ギレキとの別れ
2022年01月25日付 Milliyet紙


映画監督で製作者のテュルケル・イナノール氏は、コロナウィルスと関連する多臓器不全のために昨日の朝、治療を受けていた病院でその生涯を終えたファトマ・ギレキ氏に別れを告げた。感動的なメッセージを発表したイナノール氏は、ファトマ氏の死によってイェシルチャムから一人の星が消えた。その星は存在する中で最も輝いているものの一つだった。」という表現を用いた。

1.ボドルムに暮らし、約6か月前に治療のためにイスタンブルにやってきたファトマ・ギルギキ氏は、昨日の朝にその生涯を終えた。テュルケル・イナノール氏は、ソーシャル・メディアのアカウントからトルコ映画界の伝説のために感動的なシェアを行った。

2. テュルケル・イナノール氏の、ファトマ・ギレキ氏に対しての別れの言葉は以下の通り:

「イェシルチャムの不滅のメンバーの中に、その後ろには大きな愛情を残した一人の卓越したアーティストが更に加わった。映画において、私が新しく始めた時期に、私は次々に3本の映画を撮影しました。3本目には主役にファトマ・ギリク氏がいたのです。彼女とともにその日にスタートする深い友情というのは、一生涯継続をしたのでした。180本を超える映画では、また役割を担った数多くのドラマにおいては彼女の演技力によって観客たちの心の王座を作ったのです・・・」

3.『トップに居続けることに値した』
「映画でも、テレビのドラマでも提示をした演技力の成功というのは、いかなるときも平凡ではありませんでした。そのために、ファトマ・ギレキ氏はトップに上ることそしてそこに留まり続けることに値したスターだったのです。映画では、通常、男性のように勇敢で、強固な女性キャラクターを映し出していました・・・」

4. 彼女は 「郊外の荒くれ」おとこおんなのファトマ(訳注:男のファトマ(erken Fatmaは、トルコ語で男性のようなふるまいをする女性のこと。ファトマ・ギレキは、1969年の同名の映画で男性のような服装、ふるまいをする少女役を演じて評判となりニックネームとなった)なのです。スィスィリ区長として成功を収めてさらには尊敬される人間性とともに、声を上げる区政を提示しました・・・・

5. 「ある日のこと、『喧嘩屋たち』と私たちがいっていた俳優陣たちのうちの何人かが私のところにやってきたのです。その時にイェシルチャムから引退した人たちのための法律の改正が行われたのです。トルコ映画界からは75人が引退するはずでした。しかしながら、「喧嘩屋たち」は、この権利の恩恵を受けることが難しい状態でした。その権利の恩恵をうけることができるようにするために、ある程度の金額のお金を振り込む必要があったのです。その時期には、ファトマ氏は、スィスィリ区長でした。私は電話をして、その状況を説明しました。「すぐに私のところに来なさい!」と彼女は言いました。彼らは向かいました。すぐに、全ての「喧嘩屋たちが引退したということを聞きました・・・」

6.「私はお願いをしました、すぐに解決したのです。」
「イスタンブルの1800席がある最大の映画館の一つであるケント映画館を私たちは購入をしました。サロンをすぐにでも運営することができるように、駐車場の問題だったり、安全面の問題だったりいくつかの障害を区が解決する必要がありました。私は彼女にお願いをしたのです。すぐに解決をしました。開会式も、彼女が行いました・・・」

7.「ファトマは、最後に『故郷を離れた女』というタイトルの視聴率の記録を作った100話になる私のドラマで演技をしました。これは私たちの最後の仕事となりました。ファトマ氏が亡くなったことで、イェシルチャムから一人の星がまた失われてしまったのです。失われたその星は、現存するもっとも明るいものの一つでした・・・」

8. 「その場所の埋め合わせをすることができない芸術家だった」

「彼女は、これからこのようにして全ての映画の上映において追悼されることだろう、そしてまた、祈りとともに見られるのだろう。ちょうど今、そうであるように。その場所を埋めることなどできない芸術家だったのです。アッラーよ、豊かな神のご加護を。どうかその魂の場所が天国でありますように。

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:52298)