トルコ・ロック:青、赤そしてその向こうにあるもの―トルコロック界重鎮モル・ヴェ・オテスィ10年ぶりの新作アルバム『サイレン』を発表!
2022年01月27日付 Milliyet紙


「楽曲についてあなたたちと語り合うことを、あなたたちのそれらに関して考えていることを、感じていることを、書くことを私たちはどれほど恋焦がれていたことでしょう・・・何日間もあなたたちの中に入っていくことができないために、私たちは黙っていますが、とても関心があるのです。『サイレン』(最新アルバム名)はあなたたちには一体何を語りかけたのでしょうか?そしてまた一体どの楽曲が一番気に入ったのでしょうか?」

10年の間断ののちに11曲入りの「宝」である『サイレン』(ラクン・ミュージック)をリリースをしたモル・ヴェ・オテスィはツイッターアカウントからこのような文を書きながらアルバムに関して、私が感じていることについても名前を付けたのだ。重要な言葉は、「私たちの間に入ること」であった。本当に誰も私たちの間に入ることなく、聴きたいと思った。なぜならば、長い間、ある一曲が、この贅沢な例では11曲が私と話しているのだという感覚にとらわれることはなかったのだからだ。私に昨日起こったことを、今日のことを、恋焦がれていることを、怒っていることを、思い描いていることを物語っている。本当にこれほどまでに多くの感情と思考を一つのアルバムの中に並べることができるのだろうか?ある怒りを、悲しみを、絶望を、そして希望を(一番は希望だ)。ちょうどこのようになっているのだ。

アルバムでは、私の耳にまず心をとらえた楽曲は「イスティクラル」だったから、この楽曲をはじめてチチェキ・パサージュでの魔法のような夜に、イスティクラル通りへ背中をもたらせかけて聞いたからだ、イスティクラルの中学校時代そして高校時代を送り、私を育ててくれて、そしてある時に息をつくことができたと感じた場所だからなのだと、まずは考えた。私が理解した言葉では、『たぶん友人たちとともに/多分一人で歩いているときに/イスティクラルでなんと幸せなのだろう。』と語っていて、それが、ちょうど私について歌っているようだったのは。ある共通の過去を、よく知っている場所について、似たような瞬間があった。モル・ヴェ・オテスィのメンバーも含めて皆そこを通りすぎたのだと、そして年齢相応のノスタルジーの時間がやってきてとにかく、心を奪われたのだ。


集中をしてまずは自分自身で、真っ青な「過去」、真っ赤な「今日」そして二つを繋げる紫の「将来」からなる3部から、そしてまたその二つを素晴らしい「結び」の楽曲からなるアルバムを聴き始めると、「ああ、失礼、これのいったいどこがノスタルジーなのか」と思わされる。アルバムのテーマは、若い日々のことを美化すること、過去から今日への哀歌などではないのだ。一つの音楽が、一つの言葉が、しかしながらこれほどまでに、時代の声を、息吹を、魂を運ぶことができ、一つの社会の、一つの国の、一つの世界の感情を説明することができるのだ。そしてこれは、これほどまでにはっきりとしていて、そしてこれほどまで嘘がなく、そして同時に透明で心を通わせるような言葉とともに作り上げることができるのだ。
「私の天国よ、私の地獄よ/あなたをどれほど愛したことだろう/あなたをどれほど愛しただろう/私のいうことに耳を傾けなかったのですね/耳を傾けたところで、何かを失うことがあるのでしょうか」この言葉もまた『トンネル』という楽曲からだ。『一体何を失うというのでしょう』ということの終わりに、「失うのでしょうか?」と繋がる曲だ。

本当に、その一つ一つについて書きたいと思うような沢山の曲の歌詞だ!私の脳裏には沢山のノートがある。だが、今は皆に、自分の発見の道の中でよい旅を、と祈りたく思い、その中に隠されたサプライズに関する興奮を逃すことはないであろう、アルバムとなったようだ『サイレン』は。また、デザインのイラストレーション、様々な写真、ビデオクリップの(最初の二つのビデオクリップは『ガレー船奴隷』そして『世界への負債』という曲のものだ)それぞれに繋がりのある全てのディテールとともに。まだ私の発見の道のりも続いているのだが、毎回聞くたびに新たなことが私の注意を引いている。停止をして、(もちろんのこと、留まることなく蓄積をしていたわけだが)「言う時間が来たのだ」と言いながら広大な世界を作り上げたのだ、モル・ヴェ・オテスィは。10年に渡る沈黙/期待にふさわしいものだという人が出るだろうが、願わくば二度とそうではあってほしくないものだ。

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(翻訳者:堀谷加佳留)
(記事ID:52660)