エルドアン、バフチェリとともにハタイへ
2023年03月12日付 Hurriyet 紙

地震被災地視察のためハタイ県を訪れたレジェップ・タイイプ・エルドアン大統領と民族主義者行動党(MHP)デヴレト・バフチェリ党首が会見。会見のなかでエルドアン大統領は、「我々は地震発生初日から、あらゆる機関と協働して現場にいる」と述べ、「決してハタイを孤立させない」とのメッセージを発信した。さらに「これまでに被災地に42万6千張のテントを設営した。二カ月以内には10万世帯分のコンテナ住宅を稼働させる計画だ」とした。被災者用に建設される、恒久的住居についても、「被災地に住宅・ロッジ65万軒の建設を見込んでいる。我々の目標の第一段階は年内に31万9000軒の住宅・ロッジを完成させて入居者に引き渡すことだ」と述べた。その後、エルドアン大統領はハタイ県サマンダー郡でも会見し、「最大の被害を受けたのはハタイ県であり、惨状を伝えるには言葉だけでは不十分。トルコ政府とトルコ国民の持てるかぎりの力が被災地に送られ、50万人が救助に駆けつけた」と話した。一方で、「カラチャイのダムに関しても、官邸に戻り次第、政府水力総局担当大臣に必要な指示を出す」と述べた。

レジェップ・タイイプ・エルドアン大統領と民族主義者行動党(MHP)のデヴレト・バフチェリ党首が、地震で甚大な損傷と人命損失を経験したハタイ県を視察した。クルクハン・スタジアム横に設営されたテント村を訪問したふたりには、スレイマン・ソイル内務大臣、フルシ・アカル国防大臣、ファーレッティン・コジャ保健大臣、赤新月社のケレム・クヌク代表、および同副代表が随行。ふたりは地震被災者の課題について耳を傾けた。

■バフチェリ党首が市民に挨拶

バフチェリ党首は、彼らを迎えた市民に声かけや挨拶をしながら「我々はあらゆる措置をとり、人々が希望をもって未来に目を向けることができるように取り組んでいる。まずもってアッラーの思し召しのもとに強靭なトルコ共和国が存在することを表明せずにはいられない。

ありがたいことに、我々の政権は政治的決断力があり、問題解決に向け有能な同僚らが互いに職務を競い合っている。そして何より深くにあるのは、我が国民の中の選ばれし人々、つまり親愛なる皆さんがこの惨状を乗り越えようとする意思であり、それは称賛に値するものだ。我が国民に哀悼の意を表する。クルクハンの街はすみやかに立ち直り、生活は元に戻り、市民に再び幸せが訪れることをご理解いただきたい」と述べた。

■「何千台ものトラックが被災地に物資輸送」

エルドアン大統領は、2月6日に発生した地震とそれに続く余震は、21県に及ぶ広範囲で体感された規模であり、11都市62郡において、誰をも深く悲しませた人命損失の引き金となった、と今回の地震を振り返った。エルドアン大統領は、「地震は輸送と通信インフラにも深刻な被害をもたらした。それでも、政府として全力、総動員で被災した国民のもとにすみやかに救援に駆けつけ、瓦礫の下に取り残された人々を発見するための捜索・救援隊員を動員した。緊急的な食料・避難所ニーズを満たすため、国中の何千台ものトラックが被災地に物資を運んだ。被災地へもたらされる支援と避難する人々を整理するために、各大臣、知事、議員らと、被災した国民とも団結し、昼夜を問わず対応してきたし、今も対応中だ。政府と国民はともに、一つの心、一つの力となり、さながら洪水のごとく被災地に駆けつけた。公務員、NPO、ボランティア、有志による支援者が一丸となり、被災した各地域で約50万人が任務に就いた。政府は、トルコ軍、警察、憲兵隊、救急医療隊、その他機関の各チームとともに現場におり、地方自治体は、首長、職員らが初日から各装備とともにこの場所にいた。加えて、我々は今後必要となるであろう各専門家チームや作業機材、物資を国中から被災地にかき集めている」と話した。

■「ハタイ空港は一週間で復旧」

エルドアン大統領は、地震で被害を受けたハタイ空港が一週間以内に復旧した点を強調し、次のように述べた。「最大野党は、しかしながら、『我々が空港を復旧させた』と虚偽の発言をした。彼らのいう「我々が空港の土木復旧作業を行った」というのは虚だ。彼らはそんな活動はひとつもしていない。私はセリンヨルに到着するや否や、大国民議会のビナリ・ユルドゥルム副議長に、「すぐさまみんなと空港に行ってくれ。そこで君にやってもらいたいことがある。空港で記者会見を開き、彼らの嘘を暴いてほしい」と頼んだ。ユルドゥルム議長は記者会見を開き、そこで工事が行われ復旧した。ハタイ空港が使えるようになったのはそうした経緯だ。加えて、我々は国際社会に支援を呼びかけたが、それに応じてくれた100か国中99か国から捜索・救助隊や支援チームの派遣があり、真に有意義な仕事をしてくれた。

トルコの難局において連帯を示してくれたあらゆる人に、国内外の親愛なる友人たちに、トルコを代表して、私個人としても今一度感謝の意を表したい。我々も地震発生直後の2月8日と2月20日の二度ハタイを訪れた。その際、被災した国民の皆様にはお見舞いとお悔やみ、そして一日も早い回復をお祈りした。さらに現場で復旧作業を確認し、必要な指示を出した。今回は私にとって三度目のハタイ訪問だ。今回、我々は民主同盟(Cumhur ittifakı:公正発展党と民族主義者行動党による選挙同盟)としてもここにおり、前回と同じく、MHPのデヴレト・バフチェリ党首とともに視察した。我々は決してハタイを孤立させない。地震発生日以来、担当大臣となったフルシ・アカル国防大臣、ファーレッティン・コジャ保健大臣は常にここにいるし、それ以外の閣僚も、それぞれの担当分野に関連した問題をフォローするために何度もハタイを訪れている。 スレイマン・ソイル内務大臣をはじめ、ムラット・クルム環境・都市計画・気候変動大臣、ヴァヒト・キリシュジ農林大臣も度々この周辺を丁寧に視察し、(被災者を)取り残さないようにしている。当然AKP議員も皆さんのそばにいた。そのうちの数名は多くの親族を失くしているにもかかわらずだ。特にわが親愛なる兄弟であるヒュセイン・ヤイマン議員は、その痛みを胸に留め、自分たちの町のためにと懸命に活動した。他地域からの仲間たちも皆さんの助けになり、役に立ちたいという思いでハタイへ向かった。我々も今後も、あらゆる機会を見つけてトルコ各地を訪れ、皆さんと悲しみを分かち合い、行われた取り組みをみずから確かめたいと思う」

■ハタイへ住宅18万3000戸、ロッジ1万5000軒

エルドアン大統領は、ハタイの人々はこれまで行われたインフラおよび上部構造に対する投資や苦労をよく知っているとし、次のように続けた。

「我々はここで頑張っているが、つらい状況にある。今後も努力を続けていく。震災発生直後の優先事項であった捜索・救助活動終了後、我々の同胞たちが瓦礫撤去活動を加速させた。瓦礫の撤去作業といっても、それがいかに膨大で困難な作業かは皆さんが一番身近に見て、またよく知っているはずだ。そんな中でも、住居新設工事に必要な準備を急ピッチで進めている。被害度評価調査が済み、ある程度明らかになった段階で、現状をもとにハタイに住宅18万3000戸、ロッジ1万5000軒を建設する計画だ。クルクハンでの工事予定住宅件数は1万5785戸。地域全体での建設予定件数は、住宅・ロッジ合わせて65万戸に達する。用地選定、地盤調査、測量作業が済めばすぐに着工する。我々の目標の第一段階は、一年以内に31万9000戸の住宅・ロッジを完成させ入居者に引き渡すことだ。これまでも、地震や火災、洪水、テロ等で壊滅した都市をゼロから立て直してきたように、今回もアッラーのお許しでもって、何人たりともつらい思いはさせない。建物は地上3~4階以下で、各フラットには居間が一つ、部屋が三つある環境を整え、権利のあるすべての人が安全で心穏やかに豊かな暮らしをおくれるようになるまで我々は闘い続ける。」

■高規格コンテナをハタイへ

エルドアン大統領は、テント、コンテナ型住居、飲料水、衛生用品、援助活動について次のように述べた。

「新しい住居の引き渡しまでは一時的な避難所が必要であることはもちろん承知している。まずはテント村でやってきた手順をそっくりそのままコンテナ住居村にて続けさせている。これまでに、被災地域に42万6000張のテントを設営しており、二カ月以内にコンテナ住居10万戸を稼働させる計画だ。すでに被災地のどこであれ毎日コンテナ住居1000戸を設置し、生活可能な状態にまで整えられるレベルに達している。また、カタールから届いた高規格コンテナは、この地域(ハタイ)に優先的に設置している。ハタイだけでもコンテナ3万戸分が被災者支援用に提供されており、同じくハタイではトルコ(海)軍の軍艦二隻を病院として活用している。エネルギー省から提供された船も避難所として活用している。ボトル飲料水の調達・配給には問題ないが、生活用水の不便はまだ完全に解消されていないと承知している。この問題も、新しい井戸の活用と処理プラントの稼働によって間違いなく解決されるだろうと願っている。

ポータブルトイレやシャワーシステムの導入に伴い、トイレやシャワーの需要も満たされつつある。都市部や郡部には2640か所の仮オフィスも整備されはじめており、商業活動ができるようになった。また、地震で少しでも被災した世帯への1万トルコリラ(約70,780円)ずつの支払いが完了しつつある。犠牲者の身内には10万トルコリラが支払われる。また、条件を満たす世帯に1万5000トルコリラの移住支援と3000~5000リラの賃貸(住居)支援も始まった」

■CHPクルチダルオール党首を非難

エルドアン大統領によれば農家支援の支払いはすでに行われ、家畜と飼料に対する助成金も支払われている。しかし、それにもかかわらず主要野党の虚偽発言に直面していると述べ、次のように続けた。

「残念なことだが、主要野党の党首であるお方は、我々が農家を支援せず飼料を配布していないとうそぶいている。彼の仕事は嘘をつくことであり、それ以外、能がないのだ。この大災害で当然我々は大変心を痛めているのに、彼はうそをつくことに熱中している

(一般的に)人間の意志が及ばないことがらが起きないとは言えないし、物事が思い通りに進まないことが起きないとも言えない。しかし、そうは言っても我々はこれほどの大災害に直面しているわけで、この大惨事のなかで昼夜嘘をついていることを指摘することは誹謗中傷に入るだろうか? (私が)ハタイに来ていないとまでおっしゃるのだが、考えられるだろうか、みなさん? いつここに来たかと問われるなら、私自身は三回訪問している。友人らとともにだ。支援団体や大臣らは即座に、地震発生同日に彼らを私が派遣したのだ。今、トルコが目の当たりにしているとおり、我々がどれほど努力してもなお皆さんが困難のなかにあるのなら、我々は親愛なる同胞の皆さんから許しを求めざるを得ない。

親しい人を失った痛みは一生心に焼きつく。我々は、残された人々が、住居や家財、仕事、健康、教育で新たに生活を整えられるよう奮闘している。だからこそ私は皆さんがご自分の町をしっかりと守り暮らしを再開するのを望んでいる。
地震により生まれ育った町、住んでいた町を離れる市民が一人でもいては我々の心は満たされない。何をするにせよ、我々はハタイでやるつもりだ。

何を成し遂げるにせよ、ハタイで。この闘いを一丸となって乗り越え、新たな未来を共に築いていきたいと思っている。皆さん、新しいクルクハンをつくる準備はできているだろうか? トルコ国民8500万人が助け合い、世紀の災難の上に世紀の連帯を達成しよう。アッラーがトルコ共和国を、どんな大災害からも守ってくださいますように。」

会見後、エルドアン大統領は地元首長やオピニオンリーダーらと会談を行うためサマンダー郡に移動した。そして、MHPデヴレット・バフチェリ党首とともにハタイ県クルクハン郡のテント村の被災者のもとを訪れた。

■エルドアン大統領とバフチェリ党首、サマンダー訪問

エルドアン大統領とMHPのデヴレト・バフチェリ会長が、サマンダー緊急コントロールセンターで地元の首長やオピニオンリーダーと一堂に会した。サマンダーでのエルドアン大統領の発表は次のとおり。

トルコ共和国として、2月6日に発生した地震と、その後の数千回におよぶ余震(の被災者)にお見舞い申し上げる。また、震災で命を落としたすべての人にご冥福をお祈り申し上げる。この災害で最も大きな被害に見舞われたのはハタイ県だ。世紀の大災害とも言われる今回の震災は、厳しい冬に発生したことで我々の作業をよりいっそう困難なものにした。それでも政府として、そして国民として、ハタイを含むすべての被災地に届くよう、精魂を傾けてきた。ハタイ以外の県から出発した我々のチームは、かなり頑張ってくて、一人、二人とハタイに到着した。トルコ首相府災害緊急事態対策庁(AFAD)をはじめ、鉱山専門家、地方自治体、NGOに至るまで、国内スタッフと海外からの援助をあわせると捜索・救助チーム参加者は3万5000人に達する。彼らの半数がハタイで任務にあたり、27万1000人は被災地で活動した。約50万人が被災者支援に駆けつけた。被災地の広さや被害の甚大さにかまうことなく、政府と国民が有するあらゆる手段が被災地に投入された。このことを誰にも疑ってほしくない。トルコという国家はハタイの同胞のために心を一つにした。

我々はボランティアと捜索・救助隊を投入した。トルコ全土から機材や設備を被災地に持ち込んだ。しかしそうしたあらゆる努力をもってしても、震災発生後数日ではたどり着けなかった場所があった。それでも、あらゆる手段を投入したことを誰も疑いようがない。トルコ国家は全同胞のために一丸となった。死者数が4万8000人に達し、負傷者が11万5000人を超え、5万棟が倒壊するほどの災害に直面してトルコほど迅速に対応できる国はない。トルコを訪れる外国人は実際にそう言っている。

自己犠牲をいとわない英雄的な活動に参加したすべての人に、トルコ国民の名の下に祝福を申し上げる。 この間、避難所や衣料品ニーズに対応するための施設が整備された。また、わが国民からの支援が被災地に到着し、あらゆる手段が考慮された。余震が続くことで市民は不安になり、その地域からの避難を求めた。地元がある人は地元に戻り、そこでの支援活動をおこなった。もちろんその間我々もすぐに(一時避難所ではなく)住み続けられる住宅を整備する作業に取りかかった。65万戸の住宅が必要であることがわかった。サマンダー郡には1万7331軒の住宅を建設する。このような困難が二度と繰り返されないために必要な措置を講じる。その取組みのなかで、地震で甚大な被害を受けたハタイ県と県内各郡は優先される。トルコは2月6日地震の試練からめでたくも抜け出した。

このような時期には、強国には誇りと悲しみの両方がともなうということがよく理解できる。だからこそトルコが我々に与えてくれている福祉の枠組みをこれまで以上に守らなければならない。我々は、国民(トルコ人)として、数千年来の友情から得た力でこの勝負(地震)を打ち負かす力を持っている。われらが大地で何世紀にもわたり生じてきたこれらの勝負(地震)をゴミ箱に放り投げ、みずから台本を書き(主導権を握り)、監督し、見せつける時が来た。これは我々が子孫に残す最大の遺産となるだろう。願わくば皆さんとともにこの闘いを勝利に導きたいと思っている。トルコの発展と強靭化はあらゆる人に利益をもたらす。我々を必要としている同胞のそばに、我々は常に存在している。この間、カラチャイ・ダムに関しても、アンカラに戻り次第、政府水力総局の担当大臣に必要な指示を出す。すべてがうまくいきますように。

バフチェリ党首:トルコ政府の親愛なるエルドアン大統領はあらゆる災害をなくすために尽力している。政府内の各レベルで行政に携わる人々に対し、トルコ軍とともにこの災害を克服するために尽力している。この災害は非常に規模が大きく、無視することはできない。しかしこの痛みにもよい兆しが大いにある。それは統一と連帯が守られることだ。願わくば、さらなる強靭化を、そして負傷者にアッラーの癒しがあることを祈っている。

■エルドアン大統領がデフネを視察

エルドアン大統領はハタイ県サマンダー郡の視察に続き、デフネ郡の移動式救護施設を訪問。大統領がデフネで行った会見内容は次のとおり。

親愛なる同胞の皆様に心よりご挨拶申し上げる。2月6日に発生した地震とそれに続く余震へのお見舞いを申し上げるとともに、地震により犠牲になった方々にご冥福をお祈り申し上げる。トルコの大地には、唯一無二の美しさだけではなく、こうした困難も伴うことを認識しなければならない。願わくば、国民として、政府として、地震から得た教訓をもとに、もっと迅速な活動を行いたい。デフネ郡もこの災害で甚大な被害を受けた。2月20日に発生したデフネ郡を震央とする地震は、町の被害をさらに増大させた。作業は非常な困難のなかで進められた。我々は地震発生後数日中に救援活動を届けた。我々自身も地震発生三日後にはここにいたし、今回は人民同盟としてバフチェリ党首とともに再びここにいる。

すでに瓦礫撤去と倒壊した建物の再建を進めている。アッラーのお許しもあり、我々は一年以内に住宅を建てる。第一段階としてテントへ避難しているという状態を解消するため取り組んできた。今はコンテナ住居がある。近日中にコンテナ3万個を設置する。我々は町の再興に向け腕まくりをしたところだ。30万世帯分を設置し、皆さんに入居してもらう。デフネだけでも2万6000戸を建設予定だ。この大災害の爪後を町から消し去るつもりだ。失った命を取り戻すことはできないが、倒壊した建物をより強固かつ美しい形で再建するつもりだ。イズミル地震やヴァン地震でも我々はこのことを証明してきた。ひるむことはない。(過去の地震と)同様に、一年以内に活動を完了させたいと考えている。一年後、恒久的な住宅を引き渡す際、我々は再び一堂に会することになる。すべては過ぎ去り、後には皆さんの生活の保証と平穏だけが残るのだということを忘れないでほしい。我々は船を活用して、皆さんをイスケンデルン港に住まわせることができた。また、イスケンデルン港に曳航した船舶二隻は教育活動にも貢献した。奮闘しつつそうした活動をおこなっている。我々は皆さんを信じている。皆さんも民主同盟を信じてほしい。我々はいかなる時も皆さんをひとりにしてこなかったし、今後もそのようなことはない。

■エルドアン大統領、アンタキヤを視察

エルドアン大統領はハタイ県アンタキヤ郡のコンテナ避難所を訪問し、記者会見を行った。大統領の会見内容は次のとおり。

2月6日、トルコは続けざまに発生した地震で目をさました。何千回もの余震を引き起こし、影響をもたらした地震は、1400万人の国民に影響を与えた。この災害で数千年来の歴史がひどい損傷を受けた。若いころから訪れているアンタキヤの現実を認識するのに正直苦労した。それでも我々は、国家、国民と手を取り合って被災者の救助に奔走した。トルコ軍の兵士、警察、ボランティアはあの日の朝からここにいた。 彼らは最後まで民間捜索救助隊とともに奮闘し続けた。このような災害において、道路を開通させて交通を正常化することは思っているほど簡単なことではないが、我々はトルコでこれまでに起きた他の災害のときにも同様の経験をしてきた。そうした経験がない者は扇動で市民の心に取り入ろうとする。ありがたいことに、我々はすべての取組みを整えることができた。その過程で最重要課題として浮上したのは一時避難所へのニーズだった。まずはテントからスタートした。過去のテント品質はどうだったか? 現在の品質はどうか? もちろん、我々はそれだけでは満足しない。今ここにはNATO加盟国のスイスから送っていただいたテントがある。たぶん我々のテントもそのクオリティに勝るものとなろう。同様にカタールから送られたコンテナ住居もある。コンテナ1万個の約束をいただき、現時点で1000個が到着済、4000個が輸送中だ。一カ月以内に1万個が整えられる。この一時避難施設で人々の生活環境は良くなるであろう。コンテナ1万個分を設営することは、人口5千人の郡をつくることだ。この成果は世界でも類を見ない。支援プロセスで、世界が我々と共にいてくれることも重要だ。カタールは本当に惜しみなく支援してくれた。その一つがコンテナ支援だ。現在は、恒久的に暮らせる住宅の建設に着手している。224万戸の住宅を建設して緊急ニーズに応える。過去に経験した災害で被災者に住宅を割り当てたのと同じ手法で今回もうまくいくはずだ。我々に1年の猶予をください、全員が家に住めるようにします。そして避難だけではなく、教育、保健といったあらゆる福祉が途切れないようインフラを整えていく。願わくば、一年後に皆さんと再会したとき、我々のこの約束が果たされていることを確認したい。

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( 翻訳者:原田星来 )
( 記事ID:55217 )