メンズィル派の暮らしとは
2023年03月27日付 Cumhuriyet 紙


政権の支持によって国家の重要なポジションに身を置いたメンズィル派は、アドゥヤマン県で「自治的な」暮らしを続けている。その地域には贅沢な大型ショッピングセンター、商店街、別荘、低層階のアパート、巨大な墓廟とモスクがある。運営は、自治体の代わりに教団のメンバーによって行われる。通りでは一人の女性に出会うこともない。

カフラマンマラシュ県を震源とする地震で被災した11県で約5万人が亡くなり、何十万人もが負傷した。政府機関が市民に対して必要な形で支援を行っていないということが、例の地域で最も目立つ真実であった。政府機関の不十分さを教団・新興教団が補っているという主張は、地震発生日以来問題となっている。こうした教団のうちの一つが他の教団をより先んじている状態にあるメンズィル派である。

行方不明の子供から被災地での活動まで多くの場面でこの教団の名前を私たちは耳にした。メンズィル派は、セメルカント財団、ベシール協会といった教団附属の組織を通して被災地で多くの活動を行っている。同教団は、ベシール協会を通して無許可で支援金を集める一方、同教団の協会と財団は何百万リラもの予算を持っている。同教団は同時に5月14日の大統領・議会選挙で[与党側の]民主同盟を支持することを発表した。

■私たちの向かいには教団のシステム

本紙は、[2016年]7月15日のクーデター未遂後、国家の重要なポジションに身を置いたメンズィル派教団の本部で1日過ごした...。アドゥヤマン県キャフタ郡メンズィル村で教団メンバーと私たちは話した。メンズィル村では全ての活動を教団メンバーが管理している中、教団メンバーが語ったことは教団体制とはどういったものであるかを明らかにするものであった。

村と表現するのはあまりに慎ましい言い方である。なぜなら、ここの内部には贅沢な施設、例えば、高級な住宅群、別荘、巨大な墓廟、モスク、商店街、大型ショッピングセンター、さらにはガソリンスタンドまであるからである。一つの区自治体かのように運営されているメンズィル村のインフラから治安まで多くの公共サービスを教団メンバーが担っている。

キャフタから村に通じるアスファルト舗装の道は、とても幅が広く整備されている。入り口で教団メンバーである二人の警備員が外部からの来訪者を迎える。警備員の一人と私たちは話した。彼はイスタンブルからやってきた。サビハ・ギョクチェン空港で勤務していたという。頭には礼拝時に被る帽子をかぶっていた。本紙記者たちは、この村に興味があってやってきたこと、市職員であること、アドゥヤマンへの支援のために来て戻る際にここに寄ってみたかったと自己紹介した。彼は村を紹介した。墓廟のある広場を境に男性と女性と二つに分けられていると述べた。村の通りで、商店街で、レストランで女性には出会わなかった。

村の入口にある大型ショッピングセンターの駐車場には様々な県のナンバープレートを持つ車が停まっているのに気付いた。私たちが話した教団メンバーも、メンズィル派長老であるガウスがイスタンブルに行っおり、このため村への来訪者がとても少ないと述べた。本来は足の踏み場もないほどだったらしい。

■奉仕で働いている

件の人物とさらに少し話すと、彼の事情が分かったきた。

「サビハ・ギョクチェン空港で働いている。[イスタンブルの]カルタルからここに来て、一週間働く予定だ。もちろん自発的に来たんだ。リストが作成されて、順番が来ればボランティアとして仕事を果たしている。」複数階を持つ建物の住宅群について尋ねた。「5千人の自身被災者が滞在している」と答えた。誰が滞在するのかどのように決められるのかと尋ねると、いささか尻込んだ。

墓廟のある大きな広場に入ると、ここにはマーケット、レストラン、さらには電話業者の店があるのを目にした。トルコ石色のベストを着用し、背中に「職員」と書いてある人物たちもいた。建物は地震の被害を受けていないようだ。ただ修繕中の場所もある。ある修繕場所にいた労務者のそばに行き何をしているのか尋ねた。ケーキ屋ができるそうである。

■地震の原因は姦通

セメルカント財団のシンボルであるベストを着ている50代の男性はそこここを掃いていた。話した。

「チョルムから来た。11ヶ月目以来ここにいる」と述べた。彼によると、地震の原因はこうだ。「私たちには間違った点がある。過ちを犯している。とても沢山の死者がいる。つまり、何か考える必要がある。姦通がたくさんあると思う。でなければ、なぜ起こるのだ。」

■シンボルのベスト

私の注意を引いたもう一つの点は、インフラ作業を教団が賄っているということである。あるマンホールで水が溢れていた。ここでは新しいバキュームトラックで作業が行われていた。作業をしている人たちも教団のシンボルであるベストを着用している。さらに街灯ではキャフタ自治体を記すいかなるものも無く、教団のシンボルがあるのが目を引いた。

■この資金をどのように確保しているのか

地震で議論を呼んだことの一つはブハラ・ハウスという名の施設である。教団は自らが設けたブハラ・ハウスに地震被災者の家族が滞在していることを、SMSを通じて明らかにした。ブハラ・ハウスを訪問した。高級な住宅群に似た入り口を構えるブハラ・ハウスの車両の入り口部分では、警備員が待機している。警備員には、自分達が被災者支援のためイスタンブルから訪れ、帰路に興味を覚えてここに立ち寄ったと伝えた。入場許可が降りた。

■公務員の代わりに

広大な敷地のこの中にも大型ショッピングセンターがある。家々は地震の被害を受けていないようだ。内部には二張りの災害緊急事態対策局(AFAD)のテント、一張りの赤新月社のテントもあった。テントの一つには「メンズィル地区地区長地震被災者支援分配と書かれたプラカードがあった。公務員以上に教団職員…。

ブハラ・ハウスは41ブロックの設計で建てられた。各ブロックには4階建ての建物があり、各階に二戸ある。ベランダ、扉、窓は端から端までガラス張りである。ブロックの前には芝生で覆われた手入れの行き届いた庭がある。駐車場スペースもある。イスタンブルではこれに似た建物の部屋は数千万リラで売られている。ひとつの教団がこのような豪華な住宅群を設けることができるような資金をどのようにして得ているのかは、かなり考えさせられる出来事である。

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( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:55307 )