パレスチナ支援の「国有化」とクルバン・クラル裁判
2026年01月18日付 Medyescope 紙

パレスチナ問題に関する市民抗議活動への圧力が強まっているように思われる。ビラル・エルドアン氏(エルドアン大統領の次男)によるパレスチナ支援活動開始以降、明らかにそうした圧力が際立ってきている。今、トルコでは、パレスチナ問題が国家により独占されようとしている。活動・抗議を含むあらゆる動きが国家主導で行われる方向へと集約されようとしているのだ。

ある視点から見れば、この罪は隠されようとしている。クバン・クラル裁判を例にとっても、罪の曝露には代償を支払わねばならないのだとわかる。クラルは、2023年10月7日以降、仲間とともにエスキシェヒルで行動を組織したことで有名になった。しかし、一連の抗議活動の中で、トルコとイスラエルの貿易について議論が生じたことによりクラルは窮地に陥った。

■クバン・クラルは何者か?

クラルが10代の頃に発生した2月28日事件の際、彼はベヤズィットでのスカーフ着用抗議活動にも参加した。彼自身の言葉によれば、国家の専制政治の象徴である警棒による肉体的な苦痛も、その頃、初めて味わったという。こうした経験も経て、彼は長年、コーカサス・チェルケス人の問題に取り組んできた。ロシア領事館前での抗議活動においても目立った存在だった。2012年6月、クラルはロシア語で書かれた殺人予告状を受け取った。当時、トルコではコーカサス出身の活動家が暗殺の犠牲になっていた。トルコ国籍を有するチェチェン領事メデット・オンル氏も2013年5月に殺害された。つまりクラルは、ロシアが直接的に標的とした人物であり、現在、彼が直面している法的ないざこざは、彼を挫けさせるほどの厄介ごとではないはずだ。クラルは、『労働・公正プラットフォーム』、『カフカス通信』、『グシュプス』、『ムザイ』、『マルクシスト』、『アゴス』、『アルテュスト』、『イルケTV』といった数々のプラットフォームでも言論を発表している。最近は、トルコの民主化プロセスをチェルケス問題の視点から分析している。社会的平和に重きを置くクラルは、とりわけ自分の身の回り、つまりチェルケス人に批判的だ。

■エスキシェヒルでの抗議活動

アクサ・トゥファン作戦(2023年10月7日)後、イスラエルが開始したガザでの虐殺を受け、トルコ全土と同様、エスキシェヒルでも抗議活動が組織された。エスキシェヒル・パレスチナ連帯プラットフォームも、その日から積極的にパレスチナ支援活動を組織した。クラルはそのプラットフォームの広報担当となった。「イスラエルとの貿易はパレスチナへの裏切りである」をテーマに据えたこの行動は、エスキシェヒルのみならずトルコ各地で同時多発的に行われた。この抗議行動では、トルコとイスラエルとの間で継続されていた貿易の停止が要求され、それらの声明では、ゾルル・ホールディング、SOCAR、HABAŞといった、MÜSİAD(トルコ独立産業・商人連合会)やTÜSİAD(トルコ産業・商人連合会)加盟企業がイスラエル貿易を継続していると強調された。

トルコ政府は当時、公式声明の中で彼らのような活動家をモサドの工作員だと非難し、イスラエルとの貿易は行われていないと主張していた。しかしその後、2024年4月9日付の貿易省声明のなかでイスラエルへの輸出制限の実施が強調されたのである。54品目に課された貿易制限は、イスラエルとの貿易の存在を裏付けるものと解釈された。

■パレスチナ支援活動家200人が裁判に

クラルは大統領侮辱罪で起訴された際、無罪となったにもかかわらず検察側から上訴された。彼の、「大統領府資産基金に連なるボタシュ(BOTAŞ:トルコの国営石油・天然ガス輸送会社)はパレスチナ虐殺の共犯者だ」という主張が「トルコ国民、トルコ共和国、政府機関・組織への侮辱罪」として起訴されたのだ。この裁判はいまだ係争中である。現在トルコでは、パレスチナを支援し、他方、イスラエルを批判してトルコ(とイスラエル)の貿易完全停止を要求したとして約200人が国家機関侮辱罪で起訴されている。一部は刑罰を受けた。大半は法廷で引き延ばされ、裁判は絶えず延期され、司法管理処分が科されている。マーヴィ・マルマラ号事件(注:2010年5月31日、ガザ地区への人道支援物資を運ぶトルコの支援船団「マーヴィ・マルマラ号」がイスラエル軍がに襲撃され、トルコ人活動家ら10人が死亡した事件)で負傷しながらも生き延びたフェヴジイェ・シェンオールもその一人だ。アンカラのべシュテぺで行われた抗議行動で、トルコとイスラエルの政治・商業関係的を非難したシェンオールと5人の被告に検察は3年以下の懲役を求刑した。罪状は、集会およびデモ行進に関する法律違反とされた。

■裁判になれば人生台無しに

クバン・クラルはじめ、パレスチナ関連の抗議活動に参加した200人余りを罰しようとするのは意図的な選択だ。 彼らは人々への見せしめとして代償を払わされているのである。彼らが実際に刑務所に入らなければ、(見せしめは)意味をなさない。トルコに関して言えば、訴訟を起こされた人々の生活は崩壊する。彼らは経験した者にしか理解できない過程を味わう。たとえば法的・行政的手続きにも数多の困難が生じる。国外出国は禁止され、定期的な出頭義務も課される。パスポート取り消しや発給拒否が行われる。頻繁に法廷に呼び出され、公判期日待ちが置き、判決は予測不能。そうした状況に陥るのである。それが公務員であれば、職に留まることも不可能となる。あるいは公的な職に就くことは夢物語となる。民間企業に勤めていても困難が生じるし、自営業であれば評判に傷がつく。銀行との関係も難しくなる。融資、保証、長期契約にもリスクも生じる。要するに、軽犯罪を犯した者に特別赦免が出されるのとは対照的に、パレスチナ抗議活動参加者は地下牢につながれたような人生を強いられるのである。

■パレスチナ問題への執着

ここ数年、権力エリートらは、市民社会参画の分野で支配的な役割を担おうとしはじめた。ビラル・エルドアンをはじめ、エルドアン一族やその婿たちが、官僚機構以外の分野を支配しようと躍起になっているのである。イスラムの市民社会の歴史においてパレスチナは重要な位置を占めており、その空気はマーヴィ・マルマラ号事件で頂点に達した。マーヴィ・マルマラ号事件では、パレスチナのために10人ものトルコ人イスラム教徒が死亡した。それにより、この問題はトルコにとって非常にデリケートなものとなった。2010年代にはイスラエルに対する大衆の反発が高まり、パレスチナ問題はイスラム教徒や左派といったイデオロギー対立の問題から、トルコ全体の問題へと変容し始めた。にもかかわらず、パレスチナ問題においてイスラエルと直接対決を望まぬトルコ政府は、与党に票を投じる有権者を満足させる方法を市民社会のなかで模索し始めた。まさにここで、ビラル・エルドアンが2024年以降、ガラタ橋の上で、ある種、国家を背後につけたパレスチナ支援活動を行ったのである。

■これまでとはまったく異なる段階に

結論として、トルコでは政府が手を出さぬ分野はない。パレスチナ問題さえ市民の意思に委ねられることはないのだ。国家戦略と方針を違えたパレスチナ擁護は事実上禁止されている。こうした状況で、トルコの民主主義がどれほどのものかは議論の余地がある。選挙は実施されるが、選挙の勝利者はパレスチナ抗議活動を含むあらゆる分野を支配できると考えているのだ。クバン・クラル問題は、トルコにおける体制の矛盾を浮き彫りにしている。政権で保守が権力を持っていてさえ、パレスチナ問題を口実にイスラム教徒への弾圧が行われている。もはや、政権にいる人々の生活様式に倣った生活スタイルや、過去に同じ苦労を経験したといったことは何の意味も持たない。まったく異なる、より閉鎖的で厳しい段階に入ったのである。

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( 翻訳者:原田星来 )
( 記事ID:61485 )