ワールドカップ・トルコ敗北の原因は?―スポーツ記者採点
2026年06月21日付 Milliyet 紙
24年間の空白を経て、ワールドカップに参加をしたサッカートルコ代表チームは、オーストラリアとポルトガルに敗北し、上位トーナメントに出場するチャンスを失った。ミリイェト紙の記者たちも、代表チームのワールドカップのパフォーマンスを評価した。
代表チームは、2026年FIFAワールドカップのDグループにおける第二回戦でアメリカ合衆国のカリフォルニア州サンジョセ市で対戦したライバル同士はパラグアイに対して1-0で敗北をし三回戦と最後の試合を前にして最後の32チームのトーナメントに上がるチャンスを失った。
ミリイェト氏の記者たちが代表チームの評価をおこなった。
■あなたはいつも私たちのものだ!―アッティラ・ギョクチェ、
ワールドカップにおけるフットボールのドラマは全ての人々の胸を焼いた・・・最低でもノックアウトステージ、前半ファイナル、さらにはファイナルでプレイする私たちの夢はメディアにおける広告キャンペーンによるサポート、願いそして様々な主張に至るまで責任のある編集者たちに対してポピュラーな興奮とともに共有された。
更には、忍耐力と冷静さを推奨しながら「全て終わるように。清算もされる」と述べたファーティフ・テリムに対して、「あなたは一体だれなのかということも問われなければならない!」という同じ反応も最も責任がある口から言及がされた。
ワールドカップにおいて失意をもたらしたひどいパフォーマンスへ・・・代表チームの技術メンバーにおいて、モンテッラ氏の2人のサポートトレーナーがいる。ダニエレ・ロッソ氏とハーカン・バルタ氏だ。ヴィンチェンツォ・モンテッラ先生をトルコ国籍によって名誉を与えて「残念な」戸籍に登録するという考えは素晴らしいとしても、「このチームの心理的な相談者は誰なのか?メンターは必要なかったのか?」とは問われなかったのだろうか?
1人のイタリア人、3人のトルコ系アスリートパフォーマンスの専門家について疑問に思っているが、各試合の最中にモンテッロ氏に考えを伝えた人々、疑念を伝えた人々はいたのだろうか?
とにかく試合について語ろうとおっしゃるのならば・・・御覧のように最初の試合から最後のパラグアイ戦に至るまであなたは少なくとも25のシュートを放っている・・・いくつものコーナーキックによって試合の支配権を握り、圧力を続けたのだ。よろしい、それについてははっきりと見た、そして理解をした。52分間で10人で戦ったライバルに対して一つのゴールも放つことができなかったのだ。いったいなぜか?ひどいパフォーマンスをしたアルダを、しょっちゅうボールを失ったケナンを、ゴールの前に走りこんでとどまっていたケレムを前半の最後に完全に交代させてしまいジャン・ウズンとデニズの創造的なエネルギーによって最後の30分間に恩恵を得ようと思ったのだろう。試合を彼らとともに始めることはまったく思いつかなかったのだろうか?セニョール・モンテッラは、そのメンバーとそれほどまでに孤立しているのだから、これ以上何も言うことができません。
アメリカとの試合には全く重要性がない・・・グループの結果が出たので私たちの子どもたちは家に戻ることになる・・・ゴールを一本でも入れてくれれば、私たちは喜ぶだろう。バーベル競技だとすればこれは「0重量を上げる」ことだ。このような事態に私たちは慣れ親しんでいる。このようなことは起こりえる。そのスポーツ選手たちは、その価値を決して失うことはない。皆、私たちの子供たちであり、私たちの財産だ。重要であることは、進化をしながら道をつくり、新たな展開をつくりながら歩み続けることだ。さらに重要なことは、トルコがワールドカップにおいて常に貢献をし続けることだ。
62年間、この仕事をどのように修正するのかということを学んだ。もっと詳しい方がいらっしゃれば是非、教えてください。
■失敗の対価が支払われなければならない/ メルト・アイドゥン
ワールドカップで大失敗をした!この状況はただアリがプレーをした、ヴェリがプレーをしなかったということで解釈をすれば間違いとなってしまう。大きな図を見なければならない。みんなが集まり1か月のキャンプも行うことができなかったのだ。アリゾナの砂漠でキャンプをおこなった。そうせざるを得なかったのかもしれない。しかしながら私が話をしたスポーツ学者たちは、私たちのフットボールチームにおける肉体的な下落をここに結び付けている。私たちは予防策を講じることができただろうか?これもまた別の問題だ。
まずオーストラリアそのあとにパラグアイが守備を固めて私たちをマヒさせた。
戦術的にも個人の技術でも解決策を見いだせなかった。62のシュートを放ったがほとんどは外れていた。クオリティの低いシュートなのだ。モンテッラの、私たちが称賛したチームを操る術は一体どこに行ったのか。TFFの会長はどうして無意味な議論の中に入ったのか?
フィールドに立った選手たちは、自身の個人的なポテンシャルの近くにも達することができなかった。アルダ、ハーカン、ケナンそしてその他の人々はまともに立っていることもできなかった。砂漠の影響か、もしくはそのほかの問題なのか?
時に戦略が乗り越えられなかったものを、マジックのようなアクションが乗り越えることがある。これは私たちが期待していた誰からも得ることができなかった。ディフェンスのだれからも、ゴールキーパーのウールジャンについても私たちは満足できない。
冒頭に書いたように、ただセンター・フォワードの問題、もしくは彼が出場したから、彼が出場しなかったからということで見ることはできない。他の誰かからコーチまで、フットボール選手に至るまで全ての人々の責任が存在している。この失敗の問題の代償を支払わなければならない。しかしながらこのすべてはただ一人だけではなく、全員が支払わなくてはならない。
■悲劇だった―ハリル・オゼル
笑いながら向かったが、泣きながら戻ってきたといえるだろうか?鶏を卵から孵化させず剥いたともいえるだろうか?もしくは悲劇になってしまったゲームといえるか?
私にはわからない・・・
この状況はこれら全てが当てはまる。
とにかくサッカー競技において長年これほどに深い失望と痛みを味わったことはなかった。
完全にひっくり返ってしまった。
グループに南アメリカ、ヨーロッパの強いチームがいたとしても「私たちよりも強い人たちだった」といって超えてきた。
しかしながら敗北した2チームはそのような類のチームなので、私たちのサッカーチームについてのスラングがあります。「つるはし」、まさにそういう感じではないだろうか。
オーストラリアとパラグアイと合計200分にわたる試合を私たちはおこなった。そしてこの間にゴール内に打つことのできたボールの数は3だ。そしてこの3ゴールが得点になった。実際のところ悪いプレーをしたのであれば、運命もまた悪いことになる。私たちの3人の世界的なスターであるアルダ、ハーカン、そしてケナンはこの2つの試合においてこれほどひどい試合をするとは全く予想ができなかった。実際のところゲームの戦略の70%はこの男たちについてのものだ。この3人が2試合にゴール内に放ったシュートは一つもない。信じられない統計だ。自然の法則に反している状況である。理由が理解できない。おそらく彼らも説明ができないだろう。またこれらに加えてモンテッラ自身の似つかわしくないミスの数々も加えれば、実際残ることは何もない。
ポルトガルのゲームの大部分で10人しか残っていないことに気づいた人はいるだろうか?
この罪は完全に私たちにある。なぜならチームがゲームの主将たちはその勲章を落としてしまったのだ。いかなる存在感も示すことができなかった。そのように二つの試合を見れば、ひとりとして特別なフットボール選手を見つけることはできない。全くいないのだ。金のシューズは、銅にそればかりか小石に代わってしまったのだ。
唯一昨日の試合でメルト・ミュルドュルとアブドュルケリムがいる。それほど、とりわけメルト・ミュルドゥルがすべてを差し出した。そのほかの選手は彼の試合の情熱、信条の半分ほどでも持っていれば、すべては変わったことだろう。三人のスターが潰えたのと同時に、もちろんのこと最も失望をしたのは、全てのボールをゴールにもたらしたウールジャン、すでに私の見るところで全く国代表チームの資格がないバルシュ・アルペルとそこでプレーすることが自身の罪でないにも関わらず術のなさによってケレムだ。のこりは序曲でさえない。
モンテッラが一体何をしたのか私にはわからない。しかしながらもし続投するのであれば、もはや頭を切り替えて再構築をおこなう必要がある。
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( 翻訳者:堀谷加佳留 )
( 記事ID:62322 )