AHBAP捜査で今日まで何があった
2026年07月20日付 Medyescope 紙
イスタンブル共和国主席検察局が行ったAHBP捜査で逮捕者数は40人を超えた。ババラTVの創設者であるオウズハン・ウウル氏は、昨日、逮捕された別の容疑者達とともに裁判所へ送致された。
イスタンブル共和国検察が進めているAHBP捜査は、7月12日の開始日からこれまでに範囲を広げながら続いている。団体の創設者ハルク・レヴェント氏が逮捕されたことでこのプロセスは始まり、容疑者の数は40人を超え、捜査は1つ以上の県で1回以上の強制捜査を行う次元に達した。捜査の焦点は、2023年2月6日の地震発生後に集めた寄付の使途に関する様々な訴えである。本件の別の次元はというと、レヴェント氏の個人資産の手続きと団体関係者との間の資金移動についてである。
■ババラTVの創設者が逮捕
捜査の直近の段階でババラTVの創設者オウズハン・ウウル氏が逮捕された。訴えによると、ウウル氏が「真の利益者」として示されていたババラTVの銀行口座に国外から高額の外貨の振り込みが行われ、銀行のその手続きが金融犯罪捜査委員会(MASAK)に疑わしい手続きとして通知されたという。ウウル氏とともにギュルギュン・オズテュルク、スザン・ドゥシュキュネル、エミル・タシャル、エムレ・カルタルオール、ヒュセイン・キュチュク、ファーティフ・エケ諸氏も逮捕された。逮捕者の中にはAHBAP関係者と財務監査者の他、暗号資産分野で活動している容疑者がいることが判明した。容疑者達の警察での手続きが終了し、今日はチャーラヤンに所在するイスタンブル裁判所に送致された。
逮捕の過程に関してSNSで論評したウウル氏は、捜査で当人の立場が明確であると述べて、そこで間違いがあれば、この間違いが皆と同様に自分と同僚にも当てはまると述べた。
■カルタルオールの以前の報告書は捜査対象
逮捕者の中には共和人民党党議会メンバーでトルコ公認会計士・財務アドバイザー協会前会長エムレ・カルタルオール氏もいた。カルタルオール氏が、以前にAHBAPの2023年2月6日から28日までの期間の監査を行い、監査では法律違反は確認していないと報告書を作成したという。
その報告書は、今進められている捜査の中で再検証されている。カルタルオール氏が同時に共和人民党の大統領候補の事務所組織の中で商業・政策委員長の職務についていたことが明らかにされた。
■自身の寄付に関する主張
本件捜査資料によると、AHBAPは、地震被災者のために約1億5800万ドルの寄付を集めた。しかし、地震から3年が過ぎたにもかかわらず、住宅の一部が完成していないと述べられた。寄付が国外に出され、目的外に使用されていたと主張された。団体の名のもとに集めた寄附が一部容疑者の個人口座に横流しされていたと主張された。
本件資料では具体的な金銭の流れが述べられている。これによると、まず寄付の一部がレヴェント氏の弟であるベルカント・アージル氏とつながりのある人物及び会社の口座に移された。この形で寄付が目的外に使用され、不当な利益を得たと特定されたとされた。さらに、AHBAPの口座から[レヴェントのアシスタントである]イェリズ・カヤ氏の口座に合計1億2000万リラが移されたことも資料に記載された。
別の訴えによると、レヴェント氏が2020~2026年の間に9億9000万リラの賭けを行い、この間に3億9000万リラを失った判明した。事業家のヒュセイン・バシャラン氏もレヴェント氏を告発している。バシャラン氏の訴えによると、レヴェント氏は、バシャラン氏が所有する6000万ドル相当の不動産を身寄りのない女児のための施設を作るとして購入したが、支払いが済んでいない上にこの物件を様々な目的で使用していると訴えた。
捜査の一翼は、レヴェント氏の弟であるベルカント・アージル氏の別件とも関わっている。現在、シレ自治体に向けた捜査の中で逮捕されているアージル氏が、第35回シレ・ベズィ・フェスティバルの入札をスル音楽制作会社を隠れ蓑に利用して直接落札し、支出を偽の領収書を用いて吊り上げていたという。
◾️レヴェント、容疑を否認
レヴェント氏は7月12日に出国のため空港に向かった際に、出国禁止令が出ていることを知った。これを受けてイスタンブルの自宅に戻った同氏は、イズミル方面に向かった。ただブルサを通過する際に警官により停止させられ逮捕された。
逮捕後にイスタンブル県警金融犯罪課職員達による供述作業のためイスタンブルに連行されたレヴェント氏に、「市民団体法違反」、「犯罪を基に生まれた財産の洗浄」「組織メンバー」の容疑が向けられた。一部捜査資料にはこの容疑に「犯罪目的のため組織結成」「意図的な詐欺行為」も付け加えられた。
警察での供述では、レヴェント氏は自身への容疑を受け入れなかった。また積極的な罪への自責の念を扱う法律の条項も利用しないと明らかにした。同氏はこの捜査を「意識的・意図的に実施された捜査」という言葉で位置付け、支援金のほぼ全てを被災地域の活動に用いたと訴えた。また遺漏がないようにと全支出の領収書、領収記録がカフラマン・マラシュ、マラティヤ、ガズィアンテプ、ハタイ、オスマニイェ、アダナ県庁で登録されたと供述した。さらに2024-2025年に関する財務報告書の監査が内務省市民団体管理室にあると伝えた。
検察での供述では、レヴェント氏は個人的な財務状況を伝え、AHBAP協会に属する、今日的な価値で凡そ1億5000万リラに当たるとする20の不動産を8000万リラの対価で移譲したいと望んでいるが、地券の移管が完了していないという。レヴェント氏はイェリズ・カヤ氏に渡った8000万リラがこの移管に関わっていると主張し、強制捜査がこの手続きが完了する前に実施されたと訴えた。逮捕決定の理由の中では、司法関係者による「強い犯罪容疑」の確認が挙がっているという。
(中略)
◾️ハルク・レヴェントとは
本名はハルク・アージルであるレヴェント氏は、1968年11月26日アダナ県ユレイル郡ヤマチル地区で9人兄弟の8番目として生まれた。母はサブリイェ、父はメストである。小学校・中学校をサバンジュ初等教育校で学び、中学校時代に模倣の才能ゆえに演劇に向かった。この関心をアダナ・アタテュルク高校でも持ち続けた。
高校卒業後、順に黒海工科大学森林技師、アンカラ大学コンピュータプログラム、中東工科大学物理学科、アンカラ大学会計課に合格した。ただいずれも短期間学んで終了することなくやめた。この間、商売に携わっていたレヴェント氏は、上手くいかずに1992年にイスタンブルにやってきて、オルタキョイにあるバーで音楽活動を始めた。彼の最初のアルバム「路上にて(yollarda)」は、この時期いろんな街を巡り路上で歌を歌っていた日々の印象を帯びている。
レヴェント氏は音楽生活の中で15以上のアルバムを発表し、何千ものコンサートを行った。こうしたコンサートの相当部分の収益を恵まれない病人達に寄付したことで知られている。彼の最も売れたアルバム「手紙」は百万枚に達した。同氏はまた環境への意識でも知られている。環境に被害を与えると言われる計画に対し行われた複数の訴訟で仲裁人となった。メルスィンのカザンルにいるアカウミガメの保護を目的に実施された抗議運動に参加した。
レヴェント氏は、2004年にネスリン・ヨナルラル氏と結婚し、2017年に離婚した。二人にはエラという娘がいる。同氏は2017年にAHBAP協会を設立した。同協会は2023年2月6日の地震後に大規模な寄付者となった。彼は現在同協会の執行部代表を務めている。
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( 翻訳者:新井慧 )
( 記事ID:62513 )