特集:続くイラン人参詣者のイラク密入国 シャルグ紙

2005年10月01日付 Sharq 紙
2005年10月1日シャルグ紙30面

 この三年間で100人以上のイラン人がイラクで殺害されている。

 その一方で、国境が閉鎖されているにもかかわらず、参詣のためにイラクを訪れるイラン人旅行者が、依然として後を絶たないのが現状だ。在バグダッド・イラン大使館は、このことに関し、「不法な往来が繰り返されている」と指摘している。

 同大使館は、イラクへ不法に入国するイラン人旅行者の最新状況に関するシャルグ紙の質問状に対して、次のように回答を寄せている。「この三年間で数十万人ものイラン国籍の者たちが、イラン当局から繰り返し警告されているにもかかわらず、ビザなしでイラクへ旅行している。そのうち数百人がイラクの治安当局者や占領軍によって逮捕されている」。

 同大使館はさらに続けて、「密入国者は、正式な国境を通ることなく、密航業者の手を借りて不法に国境を越えることが多いため、逮捕されても、大使館は彼らの安否を知るすべがない。その一方で、イラクは統治機構が一貫しておらず、混乱状態にあるので、逮捕者の氏名は大使館に連絡されないか、連絡されたとしても非常に遅いのが現実である。それゆえ、大使館は、逮捕者の家族から直接、あるいは外務省社会部事務所を通して連絡を受けるか、またはイラン大使館の領事担当者や代理が直接クートやバドラなどにある国境刑務所を訪問するかして初めて、イラン人収監者の存在を知るのである」と指摘した。

 巡礼参詣庁官房・広報局長のアブドッラー・ナスィーリー氏も、不法な巡礼旅行が行われている事実を認め、以下のように述べた。「イラクの最新情勢を調査するために同国を訪問した巡礼庁職員が、不法にイラクを訪れているイラン人たちに遭遇したとの報告を受けている」。

 同氏はさらに次のように述べた。「イラン人のイラク訪問と同国内の宗教都市〔*〕への参詣再開に関して、ファルヴァルディーン月18日〔4月7日〕にイラン・イラク両国間で交わされた相互協定では、治安や衛生などの面でイラクの状況が旅行に適していると判断された場合には、参詣者の派遣を再開するということが定められた。しかし、イラクの衛生上、治安上の状況は、いまだ適当なものとは言えない」。
〔*注:イラクには、初代シーア派イマーム・アリーの聖廟がある「ナジャフ」、第三代イマーム・ホセインとその異母弟アッバースの聖廟のある「カルバラー」、第七代イマーム・ムーサー・カーズィムと第九代イマーム・ムハンマド・ジャワードの聖廟のある「カーズィマイン」、第十代イマーム・アリー・ハーディーと第十一代イマーム・ハサン・アスカリーの聖廟のある「サーマッラー」、のシーア派四大聖地があり、それらは「アタバート」と呼ばれる〕

 イラクは現在極めて危険な状況にあり、毎日多くの人々が爆弾や戦闘で殺されている。イラクにおける民間人犠牲者数について最も重要な情報を伝える、オックスフォード研究グループによる「イラク・ボディ・カウント」の統計によると、アメリカのイラク侵攻開始後の2年間で、2万5千人の民間人が同国で殺害されたという。この調査を行っているメンバーの一人であるジョン・スロボダ氏は、BBCに対し、「イラクでは毎日34人が殺されている」と述べている。

 シーア派聖地への参詣のため、両親と一緒にイラクに行ったことのあるマアスーメ・ガッファーリーさん(24歳女性)は「あともう少しバグダード橋を渡るのが遅れていたら、今頃私たちは生きていなかったでしょう。私たちが渡り終えた直後、橋は爆弾によって吹き飛ばされたのです」と述べた。イラク旅行中は、誘拐など全てのことに「怯えて」いなくてはいけなかったと彼女は言う。「イラクの治安状態は非常に悪く、通りのあちこちに焼け焦げた戦車や車を見かけ、高射砲の音もよく聞きました。私たちと同行した旅行者たちは、外に出かける時には危険に遭遇しないよう、いつも神に祈願していました。そして多くの人は恐怖のあまりすすり泣いていたものです」。

■劣悪な宿泊環境
 聖地参詣のためにイラクを訪れるイラン人は、治安上の問題に加え、衛生や宿泊施設、食事などの点からも、多くの困難に直面している。イラクのカーズィマイン市で《アル・ダフウィー》というホテルを経営していたハージ・アフマド・サーデギーさんは、次のように語る。「イラクじゃ、一番いい食事でも、えんどう豆と肉の煮込みスープに油をたらしたものしかない。ホテルの状態もひどくて、ただホテルの名前が掲げてあるだけだ。〔皮肉たっぷりに〕鉄道広場の宿屋に幸多かれ。整ったベッドも、清潔な部屋も、水や電気すらないんだ。イラクじゃ日にたった14時間しか電気が供給されない(市の発電施設から6時間、自家発電で8時間)」。彼の言によると、《スリ・ひったくり》もこの国では日常茶飯事だという。「ある夜、みんなで聖地参詣に出かけ、戻ってみたらある一人の財布の中身が完全に空になっていた」。

 三週間前、イラクへの参詣者派遣再開ヘ向け、現地の最新状況の調査を目的とした調査団とともに、イラクを訪問したイラン巡礼参詣庁の職員の一人も次のように語る。「イラクを訪問する人は、伝染病や気管支炎といった呼吸器系の病気にかかる可能性が高い。旅行者はかならず旅行前に医者に相談し、予防薬を処方してもらうことが必要だ。旅行中は、ミネラルウォーターを飲むようにして、通りでものを売っている行商人からは何も買ってはいけない。また野菜やサラダも食べてはならず、火の通してある料理や皮付きの果物だけを食べるようにすべきだ」。同氏によると、イランから派遣された調査団にも、イラク旅行中に病気にかかった者が3名出たという。

 多くの識者も、イラク聖地への参詣を試みる人々が直面する数々の危険を考慮し、同国の訪問、特に不法な入国は望ましくないとの意見を示している。イラン滞在中のイラク・イスラーム革命最高評議会(SCIRI)議長政治顧問のセイェド・モフセン・ハキーム氏は、次のように語っている。「現在のイラクの治安状況を考えると、特に参詣を目的としてイラクに密入国することは、およそふさわしい行為とは言えない。アーヤトッラー・スィースターニーをはじめとするマルジャ〔シーア派宗教指導者の最高権威〕や大アーヤトッラーたちも、たとえイラク4大聖地の参詣を目的としたものであっても、不法入国は好ましくない旨のファトワー〔教令〕を発令している」。アーヤトッラー・スィースターニーのファトワーでは実際、次のように述べられている。「不法な手段でイラクに入国することは、イスラーム法上の禁止行為(ハラーム)に当たる。それは、密入国をしたり、その支援をしたりすることの対価として得られた労賃が、ハラームであることと同様である」。

■参詣者の密入国を助ける案内人たちの存在
 およそ一年前、イラクでテロ行為が拡大を見せたことにより、イラン・イラク両国間の国境は閉鎖された。しかし、国境が閉鎖されたことによって、イラクへの密航者がいなくなったわけではない。国境地帯には《案内人》と呼ばれる人々がいて、彼ら自身の言では、彼らは国境地帯の地理を「部屋の床に敷かれた絨毯の柄のように」、詳細に記憶しているのだという。彼らは一定額の労賃と引き換えに、旅行者が国境を越える手助けをする。

 イーラーム州の国境沿い町メフラーンに住んでいるピーリー・エルヤースさんの自宅の屋上からは、国境線が一望できる。彼は、「国境を越えるのに必要な手数料は状況によって様々だ。例えば以前なら取締りが緩かったから、案内人は一人当たり1万から1万5千万トマーン〔約1200円から1800円〕で国境の向こう側に密入国者を案内していた。しかし数カ月前から国境が閉鎖され、イラン国境警備兵からもイラク軍からも、取締りが厳しくなったので、一人当たりの値段は3万から4万トマーン〔約3600円から4900円〕、時には7万から8万トマーン〔約8600円から9800円〕にまではね上がった」と語った。同じくメフラーンに住むモハンマド・モハンマディーさんは、「イラク兵は過去数ヶ月間に、かなりの数の案内人と旅行者を逮捕した。だから今もって旅行者を密入国させている案内人は、否応なく険しい山道とか、いつ足元で爆発するやもしれない地雷の埋まった道など、厳しいルートを使わざるを得ない」と述べた。

 それにしても、不法な手段で国境を通過する密航者らに対して、きちんと対処できない根本的な理由はなんだろう。メフラーン市の国境警備責任者の一人は、すべての密航者にきちんと対応することが困難である最大の原因として、「多くの盲点が存在すること」、そして「国境線が長いこと」の二つを挙げた。彼は「イラクへの密入国者の割合は昔と比べるとだいぶ減った。しかし、未だに案内人の助けを借りて、国境を通過する人がいるということは確かである。彼らは40キロもの道のりを経て、イラク国内の町やルートに達し、そこから輸送機関を使って、カルバラーやナジャフといった聖地へと向かう」と述べた。

 しかし、イラン西部の国境だけがイラクに入国するための唯一の道というわけではない。巡礼参詣庁官房・広報局長のナスィーリー氏は、調査によると、イラクへ旅行しようと考えているイラン人の中には、まずシリアに行き、そこから開放されているイラク・シリア国境を通過して、イラクに入国する者もいると指摘する。

■法的対応
 国境を不法な手段で通過する密航者は、イラクの治安部隊や外国の占領軍に拘束された場合、非常に厳しい対応に直面することになる。

 ロレスターン州ボルージェルド市在住の事務職員モジュタバーさんは、、昨年ムハッラム月最初の10日間〔*2005年2月11〜20日。イスラーム太陰暦のムハッラム月10日(アーシューラー)は、シーア派最大の英雄にして第三代イマームのホセインがカルバラーにおいて非業の最期を遂げた日として、記憶されている。この前日は、タースーアーと呼ばれ、ホセインの異母弟のアッバースが同様に悲劇的な殉教を遂げた日であり、ともにアッバースとホセインの殉教を悼む行事がシーア派教徒によって大々的に行われる。また、ホセインとアッバースの墓廟がカルバラーにあることから、この時期イラクへのシーア派教徒の参詣も多くなる〕に5人の友人と連れ立って、メフラーンから数キロのところにある《シヤール・ナマキー》から3時間半山地を歩きイラク国境を不法に通過し、そこでイラクの国家警察によって逮捕された。

 彼は逮捕後の状況について、次のように述べた。「私たちは、別に逮捕されていた475名(うち30名が女性、残りは男性)と一緒に、二日半荒野で拘束された。お金以外のカメラやビデオレコーダー、携帯電話といった私たちの荷物は彼らに没収されてしまった。水や食事は全く与えられなかった。そして最後に、私たちはグループごとにワンボックスカーに似た車で国境へと連行され、国境の駐屯所に引き渡された」。彼はいったん口を閉じたあとで、私と私の友人が収監されなかったのは、神が「慈悲をくださった」おかげであると呟いた。

 在バグダード・イラン大使館は、不法にイラクに入国し逮捕されたイラン人がイラクでどのような処遇を受けるのかについて、次のように説明する。「このようにして逮捕された者は、場合によっては密入国の罪で6ヶ月から3年の禁固刑が宣告される。イラクの刑務所の環境や、刑務官の振る舞いは非人道的で耐えうるものではない」。同大使館によると、密入国をしたイラン人に対する警察や治安関係者の対応は、「非常に厳しく」、また「適切さを欠いた」ものであり、特にこの国の現在の治安状況下では、外国人には「疑いの」目が向けられる。

 しかし、国境が閉鎖され、危険な状況が改善されず、〔スィースターニー師のような〕マルジャたちが〔密入国はハラームであるとの〕ファトワーを出し、イラクの様々な都市(特に参詣地となる聖地)で毎日多くの人が犠牲となっているとの報道があるにもかかわらず、イラクにイラン人が密入国しているという話はいまだに囁かれている。今日も軍の攻撃と爆弾の爆発によって、イラクでは何名もの人が死亡した。この被害者の中にイラン人もいるかもしれない。イラクで殺害されたイラン人リストに追加しなくてはならない人が、今日いるかもしれないのだ。


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翻訳者:村上遥
記事ID:1108