女性殺人犯たちは、女性の権利が袋小路に突き当たっていることの象徴

2008年03月13日付 E'temad-e Melli 紙
【ミーナー・ジャアファリー:一級弁護士】

 殺人、特に夫殺しや子殺しに走る女性が増えている。彼女たちがなぜこのような行動に出たのか、よく考えておく必要があるだろう。一見すると、この手の殺害犯の行為は、故意の殺人について述べているイスラーム刑法第206条の第1項から第3項が適用されるところであろう。しかしながら、この問題について真に問うべきは、女性たちを身近な人間、とりわけ自分の夫や子供の殺害へと向かわせた理由は何か、ということにある。この問いに対する答えを得るには、家族関連の法律を一瞥することがその突破口となるであろう。

 一方で、民法第1041条補足にあるように、父親及び父方の祖父は未成年の娘について、その娘の利益、すなわちその娘のためになるかどうかを考慮することを条件に、裁判所(判断を下す裁判官はみな男性であるが)の許可があれば、たとえ相手が老人男性であろうと、婚姻契約を結ばせる権利を持っているとされている。そのため、(民法第1070条に記述のある)双方の同意という婚姻契約の必要条件は、無視されがちである。

 他方で、イランの家族において支配的な慣習では、否定できない事実として、〔娘が結婚する際〕父親の同意を得なければならないとされている――このことは初婚前の女子について、民法第1043条に明記されている。こうして考えた場合、〔純粋に〕成熟した分別ある2人の人間の同意の上に成り立った婚姻というものを想定することなど、果たしてできるのだろうか。そもそも、このような法律上の障壁が存在する以上、女子にとっての「強制結婚」とされるような現象を簡単に否定することなどできるのだろうか。

 民法第1133条により、イラン人女性は基本的人権としての離婚の権利を奪われており、可能な限りもっとも楽観的な状況においてのみ、しばしば親族からの数えきれないほどの反対にあいながらも本人の多大なる努力によって、同法第1119条に基づき、ようやく離婚の訴えを起こし弁論する権利を得るのである。こうして、法は社会の一員として女性を保護するどころか、女性自身に自分の保護を任せてしまっているのだ!

 ここで、18歳未満の女性(例えば8歳の女性)が、父親や祖父の決定に従って70歳の老人と結婚したとしよう。夫には事実上、一女性の人間としてのもっとも基本的な要求に応じる能力がなく、そのため彼女はその夫と別れたいと思っているが、親族からサポートが得られないでいる。同様に、社会的弱者の保護を行うべき機関でも完全に父権的な構造が保持されていることから(例えば夫から暴力を受けた女性をその男性のいる家に強制的に帰したり、あるいは何らかの理由で父親や夫の家から逃げてきた女性を福祉機関から元の場所に送り帰したり、このような場合に備えて女性を安全に保護するための場所が用意されていなかったり、といったことだ)、彼女は一人間として自己を守る手段がないという状況に直面する。こうして、家族も、社会も、そして法ですら、彼女を保護してくれないという状況が生まれるのである。

 そこで、女性たちは自分を守るための手段をとる。人によって考え方が異なるので、みなが同じ手段を利用するわけではないが、一部の人は、イランの女性が直面する出口の見えない生活サイクルからの解放を求めて、殺人という方法に救いを求めるのだ。

 こうしたことから、女性による殺人を故意によるものであると認定し、それを受けてキサース刑(同害報復刑)を認める際には、女性を殺人へと駆り立てた要因や法的構造を再考し、その動機を再検討するという配慮が、審判を下す裁判官に求められるのではないだろうか。不平等な社会と法律が女性に課す強制が、女性が「殺人」という名の暴力的手段に訴えることにどれだけ影響を及ぼしているか、考えてみる必要があるだろう。


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翻訳者:米沢佳奈
記事ID:13404