どのようにして近代において焚書は起こるのか(2)

2018年08月06日付 al-Hayat 紙
■どのようにして近代において焚書は起こるのか(2)

【ハーリド・ガザール : 本紙】

ナチズムに対し、共産主義体制は自己のイデオロギー的体系と矛盾、相対する全ての思想と抵抗する中で、ナチズムと同様の道筋を辿った。おそらく最も明確で重みのある例は、1960年代の文化大革命期における中国の経験だろう。驚くべきことに、中国自身が1930年代から40年代にかけて、日本人による図書や図書館の破壊に苦しんでいたのだ。その当時、日本では急進的な民族主義、人種主義、拡張主義の気運が圧巻しており、中国における日本による残酷な打ち壊し、略奪、焼き討ち、爆撃が、およそ1000万冊の図書の破壊を招いた。1949年に共産党政権が樹立した後、共産主義者らが焚書の手法を真似ると、焚書は継続的に行われるようになる。新しい指導者らは、共産党とその全体主義的な思考様式を支持する思想を創り出す思想家や執筆かの本を望んでいたのだ。歴史家は共産主義が行った本、印刷物、文書を台無しにした破壊が、日本が中国への侵攻の中で起こした被害を超えたと記録している。おそらく中国の歴史の中で最悪の期間は文化大革命期であろう。この時期、過去何世紀にも及ぶ深遠な中国の文化史の大部分が滅ぼされた。毛沢東は1966年に文化大革命を始め、教育、文学、芸術、文化的上部構造の持つその他すべての形態を、彼の共産主義的思想と一致させようとした。革命は、大学、学校、技術学校にまで及ぶ恐ろしい浄化作戦を行った。革命の間、革命の諸原則と合致しない書籍の押収が大規模な形で行われ、数百万の書籍が破壊された。それらはすべて、文化の源泉を扱っている本だった。

アラブ世界も図書と図書館が破壊される情景から免れなかった。最も顕著な最近の例は1990年のイラクのクウェート侵攻の時期だ。6カ月にわたるイラクによる占領の間、イラク人はクウェートの文化遺跡や遺跡に関わる諸機関を破壊した。図書館や情報センターを含む文化機関と教育機関が、イラク進攻によって最も被害を受けた。学校は司令部と弾薬庫として使われ、蔵書の43%が破壊され、100万冊以上の本が失われた。同様に、公立図書館も解体、略奪され、約14万冊が失われた。最悪の破壊は学術図書館で起こった。そこに多数のイラク人学術管理職者が赴き、図書の搬送作戦を監督した。同様にクウェート大学図書館の約50万冊の図書が破壊されたのだ。

本書の著者が取り上げるこれら一部の事例は、ほとんどの独裁国家、あるいはそれに類似する国家が抱えている。21世紀において、およそ20年が経とうとする中、世界は20世紀に見られた事例に類似するケースを経験していない。おそらく技術革命と情報・書籍・文書の保存方法が、政治権力から図書とその破壊を支配する独占権を奪ったのだ。しかし没収という手段は、こうした本の押収、あるいは著者へ圧力をかける方向へと向かい始めた。もし先進的で、民主主義の一部の価値を貴ぶ社会で、こうした文化や図書への迫害が起こらないのだとしても、ほとんどの独裁国家は、依然として書物に書き言葉に自己に対する危険を見出している。そのため思想と表現の自由を弾圧する手段であるかのような組織だった政策として、図書の押収と発禁が続くのだ。


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翻訳者:松浦葵
記事ID:45275