ホー・チ・ミン主席の遺体を長期に保存し、絶対安全に守る 
2019年05月10日付 VietnamPlus 紙
ホー・チ・ミン廟(写真:ベトナム通信社)
ホー・チ・ミン廟(写真:ベトナム通信社)

 ホー・チ・ミン主席が亡くなった日から丸50年が経つが、彼の遺体は常に最良の状況の中で保たれており、生前の彼の容貌や姿の特徴などは完全にそのままで保存されている。
 そのような良い状態を保つことが出来ている理由としては、まず初めに共産党政治局や、党中央執行委員会、政府の優れた指導があり、そして党中央軍事委員会や国防省の直接指導があること、バーディン文化歴史遺産群やホー・チ・ミン廟の管理班内の各部隊によるしっかりとした協力体制や、中央の各部門、省庁、委員会そして全国各地方の住民、行政機関、共産党委員会、科学者の関心があること、特に、旧ソビエト連邦の政府と国民、共産党の手厚い支援があったことが挙げられる。

   ホー・チ・ミンの容貌や姿の特徴を完全保存する

 ホー・チ・ミン主席廟保護司令部政治委員のカオ・ディン・キエム少将によるとホー・チ・ミン主席の遺体の保存に至る迄は多くの段階があったという。
 1967年の77回目の誕生日の後、ホー主席の健康が衰える兆しが見えた。そこで当時の共産党中央執行委員会の第一書記である、レー・ズアン同志が政治局の臨時会合を開き、ホー主席のケアや健康を守ることと、ホー主席が亡くなった時の遺体の長期保存に向けた準備について議論を行った。その会合の後、有能な医療幹部数名が選ばれ、遺体の防腐処理・保存の技術を学ぶために旧ソビエトに派遣された。
 1969年9月2日9時47分、ホー・チ・ミン主席は息を引き取った。準備されていた計画に従って、ホー主席の遺体は108軍医病院に移送された。
 特別医療班の同志や旧ソビエトから訪れた専門家たちは一同に集まり、ホー主席の容貌や両手、皮膚、髭、髪などの特徴を生きていた時のようにそのまま残すため、一つ一つの技術的な作業を正確に慎重に行った。
 旧ソビエトの医療専門家と特別医療班のこの成功には、とても重要な意義がある。それは、その後の段階でのホーおじさんの遺体を長期的に保存する任務の成功を決定する前提であり基盤であった。
 ホー主席が亡くなってから6年間で、様々な理由や条件により遺体は計6回移動された。最初はハノイからバーヴィーへ、最後は1975年7月18日のバーヴィーから現在のホー・チ・ミン廟への移動だ。

   保存技術の主導権を獲得する

 ホー・チ・ミン主席の遺体保存の任務について言及し、それはベトナムでは当時まだ新しく、前例のない内容であったとカオ・ディン・キエム少将は強調する。ベトナムは熱帯モンスーン気候であり寒暑が移り変わりやすいため、その分遺体の保護は困難である。
 カオ・ディン・キエム少将によると、施設・設備の不足や専門員の不足で遺体保存の初めの6年間は非常に困難を極めたという。1975年8月29日、全国でホー・チ・ミン廟の完成を祝い、追悼式が行われた。それからは、ホー主席の遺体を絶対安全に保存する任務は、とても高いレベルが要求される新しい段階へと移った。
 それ以前は、遺体は狭い空間の中で保護・保存されており、ほんの数人の医療関係者のみが入ることのできる、清潔な環境に保たれていた。ホー・チ・ミン廟に移動してからは、遺体は広い空間で保護され、毎日何千人という人が参拝に訪れる。そのような状況の中で清潔な環境を維持することは非常に困難である。さらに、遺体は参拝時間中にライトによる影響も受ける。
 国民が参拝するための指導者の遺体を保存する旧ソビエトの技術は、当時、世界で唯一発明された技術だった。これには、特別な溶液と衣服を使用する。しかし、旧ソビエトはこの国家機密をとても厳しく管理していた。ベトナムの幹部職員は、この溶液に直接接触することは許されなかった。
 1991年に旧ソビエトが崩壊すると、ホー・チ・ミン廟にいた旧ソビエトの専門家たちは全員帰国し、無償の物質的援助は打ち切りとなった。この出来事により、ベトナムは、廟の運営継続ができなくなりかねないような状況に追い込まれた。 
 しかしそのような背景の中、ベトナムの医師や技術者たちは徐々に困難を克服し、任務を良好に実施していった。ベトナム国家もまた積極的に専門家と業務を行い、ホー・チ・ミン廟で管理されている溶液を全てベトナムに引き渡すようにロシアと交渉した。各科学者は、政治的任務に直接役立つ医学や生化学、微生物学、環境学に関する研究を集中的に行った。
 交渉は一歩一歩実現していった。溶液引き渡しの説得からはじめ、その後も、ベトナムで調合することにロシアが同意するよう求めて交渉を続けた。カオ・ディン・キエム少将は、「最初、基準を充分に満たしているか検査するために、ロシア側は〔溶液を〕調合した後、ロシアに持ってくるよう求めた。その後ようやくベトナムでの実施に同意した。こうしてベトナムは、正式に遺体保存のための溶液調合技術の移転を正式に受けた」と説明した。

   ホー主席の遺体の保存は常に最良の状態で行われている

 ホー・チ・ミン廟保護司令部によると、ホー主席の遺体長期保存事業において50年というのは長い時間であるが、これははじまりの段階であり、しっかりとした基礎科学の前提を形成する決定的な段階だったという。
 これまでの成果を継承し、今後、幹部や公務員、部隊の兵士達は、独立、自主、自力、自強、主体性、創造の精神を発揚させ、時宜をとらえ、長期的な医療任務をしっかりと主体的に行えるまでに飛躍し、ホー・チ・ミンの遺体を絶対に安全に守る。
 〔遺体の保存の〕実施組織は、首相によって承認された2341号スキームと「ホー・チ・ミン主席の遺体を絶対に安全に長期的に保存する任務の指導と新しい段階における廟の建物の文化的政治的意義の発揮」に関する共産党中央軍事委員会常務の第122号決議を実行している。
 ここで重んじるべき点は、医療や技術、廟の建物の建築の任務に関する各内容や指針の実現である。つまり人材育成や幹部の育成である。特に見識があり、全面的に理解しており、業務のレベルの専門性が深く、確固とした実行能力があり、新しい段階における政治的任務を受入れ継承するための充分な力があり、しっかりとその主導権を握ることのできる技術・医療幹部の育成である。
 それと並行して、〔遺体保存実施〕組織は、医療業務に関する制度、規定、規程を維持し厳正に実施し、慎重、綿密、正確に行うことを保証し、絶対に過ちを起こさず、常にホーおじさんの遺体が最良の状態であることを保証する。
 この50年間でおさめた成果には、歴史的、政治的に深い意義があり、ベトナムの党、国民、軍のすべての切実な願いに応えてきた。それは、同胞や世界の友人がホー・チ・ミンを訪ね、ベトナム人民の感謝の心や世界の友人の尊敬の念を示すことができるように、ホーおじさんの遺体を絶対に安全に守り、長期的に保存するという願いである。
 バーディン広場にあるホー・チ・ミン廟は、神聖な空間であり、彼への敬愛の念やベトナム共産党とホーおじさんが選択した道へのベトナム国民の信頼が集まる場所でもある。


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( 翻訳者:岩重綾乃 )
( 記事ID:4840 )