ハノイにおける高校入試の「歴史」の試験問題の詳細
2019年06月03日付 VietnamPlus 紙


 今朝、85,000人近くのハノイの生徒が2019-2020年度の高校入試の「外国語」と「歴史」の科目を受験した。
 2019年は、前年までのような中学校の学業成績表の点数査定と組み合わせた入試に変えて、完全な入試の形式に沿ってハノイが高校入試をおこなう最初の年となった。
 試験科目数はそのため増え、「数学」と「語文」の2教科だけのかわりに、生徒は「外国語」と「歴史」を加えて受験しなければならない。
 以下は入試の「歴史」の正式な試験問題である。

<試験問題>
教育・訓練省          高校入学試験
ハノイ             2019-2020学年度
正式な試験問題         試験科目:歴史
問題用紙:4ページ       試験日:2019年6月3日
                試験時間:60分、配布時間は含まず
                試験問題番号:012

生徒氏名___________


問題1. 1930-1931年の革命運動のピークは、
A. フーリエンのゴム・プランテーション労働者のストライキ
B. ゲティン・ソヴィエトの誕生
C. 労農同盟の成立
D. ゲアン省フングエン県の農民のデモ

問題2. 1928年、ベトナム革命青年会はどんな方針をもっていたか。
A. 民主運動
B. 改革
C. 暴動
D. 「プロレタリアート化」

問題3. 第6回全国代表大会(1986年12月)で出されたベトナム共産党のドイモイ(刷新)路線のなかで、どの分野が重点と定められたか。
A. 文化
B. 経済
C. 政治
D. 思想

問題4. 世界第一次世界大戦後、ベトナムのブルジョア階級はどのように分化したか。
A. ブルジョアジーとプチ・ブルジョアジー
B. 民族ブルジョアジーと買弁ブルジョアジー
C. 買弁ブルジョアジーとプチ・ブルジョアジー
D. 民族ブルジョアジーとプチ・ブルジョアジー

問題5. フランス植民地主義の第2回植民地開発計画のなか、インドシナにおける経済界の支配権を握ったのは
A. フランス銀行
B. ベトナムの金融資本勢力
C. インドシナ銀行
D. インドシナの金融資本勢力

問題6. 1957年、ソ連の人工衛星打ち上げ成功はどんな意義があるか。
A. 社会主義体制の優越性を証明した
B. ソ連を科学・技術革命の先導国とした
C. アメリカより発展したソ連の科学・技術を証明した
D. 人類の宇宙征服の紀元の端緒を開いた

問題7. 「名誉ある戦争の終結」という丸18か月の希望は、フランス植民地主義のどの軍事計画の目標か。
A. ナヴァール
B. ド・ラットル・ド・タッシニー
C. ボラエール
D. ルヴェール

問題8. 対フランスの抗戦中に我々のどの軍事作戦が、フランス植民地主義の「早く戦って早く勝つ(速戦即決)」という陰謀を完全に失敗させたのか。
A. 1953-1954冬春の戦略的進攻
B. 1947年秋冬のベトバック(越北)作戦
C. 1954年ディエンビエンフー作戦
D. 1950年秋冬の国境作戦

問題9. 1975年春の総進攻と決起の中で歴史的なホーチミン作戦の完全な勝利を告げる出来事は
A. 我々の戦車が独立宮殿に直進した(1975年4月30日10時45分)
B. 革命旗が大統領府の屋上ではためく(1975年4月30日11時30分)
C. 我々の5翼の軍が一斉に敵の中枢機関を叩く(1975年4月26日)
D. 南部の最後の省であるチャウドックが解放される(1975年5月2日)

問題10.第2次世界大戦前、アメリカにかなり従属することになり、アメリカの「裏庭」となった地域は
A. 東南アジア
B. 西欧
C. ラテンアメリカ
D. 北アフリカ

問題11. インドシナ共産党中央執行委員会第8回会議(1941年5月)の主宰者は
A. ゴー・ザー・トゥ(Ngô Gia Tự)
B. グエン・ヴァン・クー(Nguyễn Văn Cừ)
C. レー・ホン・フォン(Lê Hồng Phong)
D. グエン・アイ・クォック(Nguyễn Ái Quốc)

問題12. 1930年初め、九龍(香港、中国)ではどんな事件が起きましたか。
A. 党の第一回大会
B. 各共産主義組織を統一し唯一の党にする会議
C. ベトナム革命青年会の第一回大会
D. ベトナム革命青年会の成立

問題13. ヤルタ会談(1945年2月)に参加したのは、どの国家の元首を含むか。
A. 第二次世界大戦の勝利側と敗北側の各国
B. ソ連、イギリス、アメリカ
C. ソ連、フランス、アメリカ
D. 第二次世界大戦で勝利したすべての国

問題14. どの現代の科学・技術革命の成果が、長く続いた食糧不足と飢餓を克服したか。
A. 「頭脳[循環]革命」の成果
B. 新たな生産手段の発明
C. 「緑の革命」の成果
D. 無性生殖の方法の発見

問題15. どの勝利が、「局地戦争」(1965-1968年)の戦略の中で米軍に南部の軍と人民が勝利する可能性を切り開いたのか。
A. バックアイ(Bắc Ái)
B. ビンザー(Bình Giã)
C. ヴァントゥオン(Vạn Tường)
D. チャーボン(Trà Bồng)

問題16. 第二次世界大戦前、東南アジア地域のどの国が、西洋の植民地主義国の植民地ではなかったか。
A. マレーシア
B. ミャンマー
C. フィリピン
D. タイ

問題17. 党中央政治局が、1953-1954年冬春戦略の方向を打ち出したのは
A. 北部の中流域と平野部で敵を進攻
B. 敵が比較的弱い、戦略的に重要性な方向への進攻
C. フランスの政治・経済の中枢部である大都市への進攻
D. 我々がゲリラ戦を遂行するのに有利な山林で敵を進攻

問題18. 1960年が「アフリカの年」と呼ばれているのは、以下のどの出来事と関係しているか。
A. ネルソン・マンデラが南アフリカ共和国の大統領になった。
B. エジプト共和国が成立を宣言した
C. アフリカの17カ国が独立を宣言をした
D. アフリカ連合(AU)が成立した

問題19. ベトナムを含むインドシナにおけるフランス植民地主義の第2回植民地開発計画は、いつ進められたか。
A. 第一次世界大戦中
B. 第一次世界大戦が終結した時
C. 第一次世界大戦の始まった時
D. フランス植民地主義がベトナムの侵略を完了した時

問題20. 人類の歴史の中で、初めて人間を月面に送り込んだ国は、
A. ソ連
B. インド
C. アメリカ
D. 中国

問題21. 1919-1925年の間、ベトナム労働者階級の新しい一歩を印した出来事─明確な政治目的と組織をもって闘争に入った最初の一歩は
A. 勝利したバーソン機械工のストライキ
B. サイゴン―チョロンで成立した労働組合
C. ハノイの酒造工場労働者のストライキ
D. ナムディンの紡績工場労働者のストライキ

問題22. モスクワで開催されたコミンテルン第7回大会(1935年7月)が、世界の人民の眼前の危険な敵だとしたのは、
A. 帝国主義
B. 人種差別制度
C. 極端な民族主義
D. ファシズム

問題23. 南部を完全に解放する方針・計画のなかで、どの点が党の正しく機敏な指導を最も明確に体現していたか。
A. もし1975年の初めか終わりに機会があるならば、直ちに1975年中に南部解放をする、と強調した
B. 素早く戦って勝ち、人々と財産の損失を少なくするために、時機を捉える必要がある
C. 経済基盤、文化的構築物を良好に保持するため、素早く戦って勝つ必要がある
D. 1975年と1976年の2年間で南部を完全に解放する

問題24. どの出来事がベトナム民族の歴史の新しい時代、すなわち独立と自由の時代を切り開いたか
A. 1968年のテトの総攻勢と決起
B. ベトナム共産党が1930年に誕生
C. 1954年のディエンビエンフーの歴史的な作戦
D. 1945年に成功した八月革命

問題25. 1945年の八月革命の総蜂起の直後、蒋介石軍とその手先が我が国の北部に連れだって来たのは何の陰謀をもってか
A. 革命政権を打倒し、傀儡政権を樹立する
B. イギリス軍と協働してフランス軍を攻撃する
C. 日本の軍隊を武装解除する
D. イギリス軍を攻撃する

問題26. ベトナム南部におけるアメリカの「局地戦争」(1965-1968年)戦略は何によって進められたか
A. 米軍、同盟軍とサイゴン軍の勢力
B. アメリカの火力と空軍の協力をえたサイゴン軍
C. アメリカの「顧問」の指揮によるサイゴン軍
D. 同盟軍とアメリカの武器、戦争手段

問題27. インドシナに関する1954年のジュネーブ協定後、南部の情勢はどのように変わったか
A. アメリカは直接フランスの代わりに南部へ遠征軍を送った
B. アメリカがフランスの代わりに介入し、手先のゴ・ディン・ジェムに政権を掌握させた
C. 国土統一協議を実現した
D. 南部の人民は一斉に起ちあがり、手先の政権を粉砕した

問題28. フランス植民主義に対する抗戦(1945-1954年)の勝利を決定づけた基本的要因は
A. 堅固な銃後と全人民の団結
B. 民族の不屈の英雄的で愛国的な伝統
C. ホー・チ・ミン主席を筆頭とする、党の賢明な指導
D. インドシナ3国人民の戦闘的団結心

問題29. 第2次世界大戦後、「東欧」はどの国々を指すために使われる呼び方ですか
A. ヨーロッパの幾つかの東側と西側の国々
B. ヨーロッパの東側の社会主義各国
C. 経済相互援助会議(SEV)に参加した全ての国
D. ソ連の東側にある国々

問題30. 以下のどのような内容が、1945年の八月革命直後の我が国の情勢を正しく反映していないか。
A. 飢餓の蔓延
B. 底をついた財政
C. 内側の敵、外側の敵
D. 強固な主権

問題31. 党とベトナム民主共和国政府が、我が国の北部において、蒋介石軍との緩和の方針を採ったのはどんな意義があるか
A. 南部からイギリス、フランスの軍を追い出すことができた
B. 蒋介石とフランスが結託するのを阻止できた
C. 同時期に多くの敵に対処するのを避けることができた
D. 南部のフランス軍を攻撃するために蒋介石軍に依拠することができた

問題32. 1936‐1939年のベトナムでの革命運動が民主運動とよばれるのは、この運動が
A. 自由・民主の諸権利を要求する眼前の目標に主に向かっていたから
B. インドシナ民主戦線を樹立したから
C. 世界の民主運動に呼応したから
D. 主に合法的平和闘争だから

問題33. 1954年に平和が戻った後、「耕作者は田畑を持つ」というスローガンを実現するために、北部はどんな任務を実現したか
A. 経済、文化の発展
B. 経済の回復
C. 土地改革の遂行
D. 生産関係の改造

問題34. 20世紀の60年代に入り、日本の経済成長が「奇跡的な」現象だと見られているのは、
A. 日本の発展速度がアメリカや西欧をはるかに超えたから
B. この段階で日本は資本主義世界の唯一の金融経済の中心だったから
C. 日本は民用製品の生産について世界のトップに立っていたから
D. 大きな被害を受けた敗戦国から、世界第2位の経済大国に成長したから

問題35 「世界戦略」を実現し、全世界に統治を樹立するため、アメリカは以下のどの主要な基礎に依拠したか
A. アメリカの巨大な経済・軍事的潜在力
B. 西欧と日本の同盟各国の支持
C. 支配層に対するアメリカ人民の支持・共感
D. 原子爆弾の独占

問題36 ヨーロッパ連合(EU)はどのような連合か
A. 軍事
B. 経済-政治
C. 文化、教育、医療
D. 軍事-政治

問題37 党のフランス植民主義に対する抗戦路線(1945‐1954年)は、我が民族のどの闘争伝統を発揮したものか
A. ゲリラ戦争
B. 外部からの援助に依拠する
C. 人民戦争
D. 速戦速勝

問題38 広州(中国)で1925年に成立したベトナム革命青年会はいかなる傾向の愛国組織か
A. プロレタリア傾向
B. 暴動傾向
C. 改革傾向
D. ブルジョア民主傾向

問題39 ヤルタ会談(1945年2月)の規定合意に従い、ベトナムはどの国の影響範囲に属すことになったか
A. ソ連
B. アメリカ
C. イギリス
D. フランス

問題40 ベトナム南部におけるアメリカの以前の戦争戦略と「戦争のベトナム化」戦略の似ている点はなにか。
A. いずれもアメリカの新植民地主義侵略戦争の形式である
B. いずれもインドシナ人を使ってインドシナ人を攻撃する陰謀を実行した
C. サイゴン軍が主になって進められた
D. 社会主義国とベトナムを分断しベトナムを孤立させようとした

─以上─

(試験監督者は追加説明をしない。受験生は文献参照不可)

【訳注】正解
(1)B、(2)D、(3)B、(4)B、(5)D、(6)D、(7)A,(8)B、(9)B、(10)C、(11)D、(12)B、(13)B、(14)C、(15)C、(16)D、(17)B、(18)C、(19)B、(20)C、(21)A、(22)D、(23)A、(24)D、(25)C、(26)A、(27)B、(28)C、(29)B、(30)C、(31)C、(32)A、(33)C、(34)D、(35)A、(36)B、(37)C、(38)A、(39)A、(40)D

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( 翻訳者:福原百那 )
( 記事ID:4870 )