北部の大後方と1975年春の大勝利
2020年04月27日付 VietnamPlus 紙


 民族の抗米救国戦争の勝利に、北部は最前線に対する大後方の義務を果たし、南部解放・国家統一の事業のために有能に奉仕した。
 「社会主義の北部がなければ、抗米救国戦争の事業の勝利はありえなかった。…北部は、国を救い国を守る戦争に社会主義体制のすべての力を注ぎ、全国の革命的根拠地の義務を立派に全うした」(ベトナム共産党の第四回全国代表大会での第三期中央委員会の政治報告)

◆南部に100万人近くの軍を送り込む。各年で表す。
 1959年:500人以上
 1964年:1万7000人以上
 1968年:14万1000人
 1972年:15万3000人
 1975年:11万7000人

◆数十万人が、交通を確保し道を切り開く輸送部隊と他の確保部隊に属した。
◆外国の援助による数百万トンの物資・武器・技術手段を受け入れた。
◆多種の武器・器材を研究・設計・修正・改良し、そして戦場に輸送。
◆各戦線へ輸送された物量
 1956-1972年:73万5,000トン
 1973-1974年:39万7,000トン
 ガソリン:550万トン
◆集結した南部の数十万人の幹部・戦士・子弟を受け入れ。
◆31万人近くの傷病兵を受け入れた。最前線から後方に北上したのべ35万人以上が病
 気を治療したり学習するなどした。
◆アメリカ帝国主義の空軍・海軍による2度の破壊戦争に打ち勝った:1回目(1965
 年2月7日~1968年11月1日)、2回目 (1972年4月6日~1973年1月15日)

Tweet
シェア


この記事の原文はこちら

 同じジャンルの記事を見る


( 翻訳者:向井千景 )
( 記事ID:5201 )