チン州山地の大通り沿いから無くなっていった飲食店
2022年05月28日付 その他 - チン・ワールド 紙


 就業機会が少なすぎるチン州のような場所では、個人事業主として仕事を開始できるよう、多くの人が外国に出て長い時間をかけて働きお金を貯めながら、自分の故郷で家族の生活のために何らかの経済活動を行わなければならない。
 民主主義への移行期間、外国ではもう仕事をせずに自分の国、自分の故郷に帰ってきて、日用品店や飲食店を開店して個人経営の仕事をした人が多い。現在は私のように夢や想像が壊れてしまった人が多くいると、ザガイン管区カレー市とチン州北部を主に行き来する大通りでコーヒーとワインの店を開くコー・ジンピー(仮名)が話した。
 同氏は全国地域主導型開発プロジェクトという全国規模で世界銀行とつながっているような場所での技術アドバイザーから、個人事業をして家族と平和に暮らしていきたいと思い、また自分の地域を発展させたいという目標を持ち、個人事業をしている中年層の一人である。
 同氏は「自分自身の故郷、地域で、自分の近所で個人事業をして、若者にどのように教えていくのか。店を開きながら一方で若者たちのために書籍を置いておき、若者たちのために必要なNGOと連携し、講習の講師に賃金を払う必要も無く呼ぶことができる人を呼んで、若者のために発展のための事業やコーヒー栽培の講習、そのようなものを行うことを願っているのだ。スイスの女性がいる。コーヒー事業をしている人だ。彼女にも講習を行うことについて協力してもらおうと思う。コーヒー栽培技術を教えて地域の若者が自分自身でできるようにする。都市部の市場に進出するつもりだ。ここで旅行者に来てもらってコーヒーを紹介しながらシティマート(翻訳者注:ミャンマーで小売業最大手の企業が運営するスーパーマーケット)にまで商品を並べられるようにしたい。そして、外国まで輸出できるよう必要ならば講習を行う。自分自身も働きながら彼らにも教えながらやっていきたいと考えているのだ」と話した。
 チン地方防衛部隊と軍評議会の軍隊との間で2022年1月12日からチン州北部ヘインゼイン(Hiang Ziing)で10日間戦闘が起こった後、ザガイン管区カレー市とチン州ティディム、ファラム、ハカ市を行き来する貨物輸送トラックと旅客用バスは、以前立ち寄っていた食堂、飲食店では休憩しなくなってしまった。
 カレー市から20マイルほど離れたヘインゼイン村は、ザガイン管区カレー市とチン州ティディム、ファラム、ハカ市とつながっている道路上にあり、インド・ミャンマー国境の交易路上に位置する山岳地帯の村落の一つである。
 チン州の山の上に開いた飲食店と食堂などでは地域の産品を販売しており、カレー市とチン州の山地に向かう貨物を輸送するために行き来する運転手らと旅行客に専ら依存して店を開いている。
 チン州の山道沿いに食堂を開く人は「通常行っているリーやファラム、ティディム、ハカへの貨物トラックはいつも休憩するお得意様だ。カレー市から団体で行くことがある。新型コロナウイルス感染症のせいで、団体で行くことがほぼ無い状況になり、貨物トラックぐらいしか通行する車はなかった。現在は客がいないという。戦闘のせいでコーヒー農園が放火された後には、どうしても行かなければならない貨物トラックでさえもうまったく休憩しない」と話した。
 同氏は続けて「パーセントで言うと90パーセントが、彼らの頼りにするものが全くうまくいかなくなった。どうしてもしなければならない洗車ぐらいだけ残り、車も休憩しない」と話した。
 毎日6桁(十万の位)の収入があったチン州の山道沿いで開店している飲食店、食堂は、新型コロナウイルス感染症の災難によって収入に影響がみられたが、クーデターが起きてから地域内で発生した戦闘によって彼らが行っている仕事、経済活動が完全に崩壊していき、暮らしのために不安にならざるを得ない状態になっていった。
 コー・ジンピーも彼のコーヒーとワインの店を2021年5月に開いた。
 同氏は「かなりの富豪にならなくても自分の生活を回していくだけ(が精いっぱい)で、他のことをしながらいう夢は無くなり、私の夢は崩壊してしまったので、何か仕事を得られるように探すつもりだ。ほかの人たちがしたくない仕事を再びしなければならないだろう。一部の人は外国に4、5年ほど住んで民主主義への移行期に何かしようといって考えている。今は(政治状況が)混乱してしまったので外国に出ようか、手に入れられる仕事を何か探してどのように生きていこうか、となっている。そんな状況になってしまっているのだ。希望が全くなくなってしまったのだ」と話す。
 他の人の仕事をしてもらいたくないが、自分自身で行う事業をしてほしいというコー・ジンピーも、現在は手に入れられた仕事を家族の生活のためにするよう準備しなければならない状態である。
 就業機会が少ないチン州のような場所では、経済事業が多くはない。存在する仕事についても、長期にわたって国外に出て働き貯めた分で可能な範囲での個人事業をしている人(がやっている仕事)である。
 現在起こっている政治(的混乱)が原因で可能な範囲での個人事業をする人の大多数が仕事も無くなるほどになり、個人事業を行うことができなくなった人の大多数が外国に出ていき仕事をしようと計画しており、また実際に外国に行って働いている人々も存在している。
 外国に出て働く人の大多数はシンガポール、ドバイ、タイ、中国で、女性の多くが家政婦の仕事をしているのと同様、男性の多くは建設業の現場などでの仕事をしている。
 現在でもチン州内で地域防衛部隊と軍評議会の間での戦闘が絶え間なく起こっており、軍事的にいまだ緊張があることによって、可能な範囲で行っている日用品店、飲食店や食堂を経営する人々は長期で考えるとさらなる困難に直面しているに違いない。
 コー・ジンピーは「今は将来のためにといっても見通しが持てない。現在でさえ、手元にある物や一部の物を売って、通常通り生活していかねばならないという状態は誰もこのように想像しておらず、一部は必要がないのに投資したような形になってしまったため、手元にある物を売って生活しなければならない」と話した。
 新型コロナウイルス感染症の災難から始まり、手酷い目にあわされた飲食店は、軍事クーデター以降、武装反乱が強力になったチン州でさらにひどい目にあっている。
 カレー=ティディム=ハカに行くチン州山地の大通りの傍から無くなっていった飲食店は、人々が注意を払う前にもう無くなっていた。

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( 翻訳者:K.Y. )
( 記事ID:6359 )