Nuray Mertコラム「アヤソフィアを礼拝に解放すべきか」(Radikal紙)
2005年09月13日付 Radikal 紙

 土曜日ラディカル紙の4ページに掲載された「法皇は礼拝の許可を待っている」という見出しのニュースは、有無を言わさず私の興味を引いた。法皇ベネディクトス16世は11月28〜30日にかけてトルコを訪問することを計画しているらしい。その間に、アヤソフィアで礼拝をしたいという要求が問題になっているらしい。この要求は外務省から認められたのか分からない。また、アヤソフィアの改修に経済的支援もしたいそうである。この望みは公式に説明されたのか、それも分からない。言ったように、とにかくこの記事は興味をそそったのだ。
 いや、決して私は、「西欧的な、十字軍的思考だ」とか「十字軍が戻って来ようとしているのだ」などと考えている人間ではない。それどころか若い頃は、保守的なトルコ主義者の連中が、なぜこんなにもアヤソフィアに価値をおいていることや、色々あな方法で「アヤソフィアを礼拝に解放しろ」とデモが行われることに、まったく理解できなかったぐらいだ。後になって、イスタンブルをトルコ人が征服したという事実が、ある意味で今日的な意味を持っているのだということを理解した。歴史にこだわることは、憎しみを持ち続けるように、人々にしむけることだ。だから我々は尊重しないし、するべきでないのだ。
 とにかく、予期せぬ時にこの話題がまた目の前に現れてしまい、我々はどうすればいいのだろう?ベネディクトスが教皇になったことは、まれにみないような華々しさで宣伝されたが、その時も私は「この意味は何なのか?」と書いた。中東が今まさに混乱している時期に、イラクで、レバノンで、政治が宗教や宗派や教団によって語られ始められたことは非常に心配すべきことであるということも、様々な方法で繰り返し繰り返し書いてきた。アヤソフィアで礼拝をするという要求は、そういう意味で私の興味を引いたのだ。新しい世界秩序において、宗教的な象徴やアイデンティティ、組織などが、改めて問題になってきたのだ。
 公式に認められたかどうかではなく、もうすでにニュースになってしまったのだから、ここで考える必要がある。教皇がアヤソフィアで礼拝をしたいというのはどういう意味なのだろう?アヤソフィアはまず、「宗教的」な参拝の場所ではない。それどろか、政治権力の象徴であって、まさにこの理由から「博物館」という状態にあるのだ。この理由から、教皇であろろうが他の宗教の指導者であろうが、あの場で宗教的な行動をすることや、これを要請することも、無邪気な望みだと見られるわけにはいかない。教皇を招待した正教徒総主教バルトロメオスの神学校(注1)やエキュメニック(注2)に関する要求も、他のどんな形のものでも、宗教の自由だけで判断すべきではないという私の考えも書いてきた。陰謀ばかり考える悪人だからこう考えるのではない。残念なことにトルコでこの手の話題は、ただ世界を陰謀によってのみ見、皆を敵とし、手にいつもこん棒を持とうとしている集団によってのみ話題にされる。この人達と同じだと思われたくないばかりに、誰もこの手の話題を考えたり議論したりしたがらない。
しかしながら、これらすべての出来事は、悪い、ひどく悪い状況のサインなのだ。今日では誰も宗教や国家のために世界を支配しようとはしていない。金が世界を支配し、国際的資本が資源を牛耳って、世界を貧困に陥れ、執政者には人間性から余分なものを出す政治を行えと強制し、すみに追いやっている。「文明の衝突」という二言目には言われるものは「テーゼ」などではない、世界の覇権争いのコードネームなのだ。これがテーゼではないから、「文明間の対話」の努力や「寛容」もアンチテーゼになりえない。問題は文明の間ではない。これを支えるのは、文明の衝突の支持者、または反対者にまかせておけばいい。問題は世界の資源(人材も含めて)が全世界的キャピタリズムの覇権に入ったことだ。後に残ったのは、一番マシでも夜会の踊り子ぐらいだ。
歴史を権力争いに送りこもうとするジェスチャーや宗教的象徴、これらに関する議論を展開することは、真の権力争いを隠蔽するのに役立っている。この芝居において、皆が自分の役柄を見つけている。自分を文明の支配者や指導者だと思っている教皇のような者は、目の前に展開される権力世界をその舞台としている。この権力世界で操作する味方を得ているし、その味方はさらに増えるだろう。ある人は衝突へ、ある人は和解へ支援をしたがってそのために努力するだろう。「あの指導者は文明を衝突させているが、この人は和解させる、このアメリカの説教師は衝突を煽っているが、この精神的指導者は平和のために祈っている」と言うニュースこそ、その結末だ。
「衝突でもなく、和平でもなく、何もよりもまず、この文明論はどこから出て来たのだ?」という問いが頭に浮かんだ瞬間、権力争いの渦巻きの新たな兵士になっていくのだ。政治をこのように読み取るべき時期は、ずっと前から来ているのだ。

注1:Heybeliadaにかつてあったが1960年に廃校になった神学校を、再び開校したいとバルトロメオスが要求していた
注2:エキュメニックリック=イスタンブルの総主教バルトロメオスがこの言葉を使うことをトルコ政府は禁止していた。バルトロメオスはその禁止を無くすようにと求めていた。

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( 翻訳者:池田 慈 )
( 記事ID:875 )