アジア・チーターを絶滅から守れ!:アジアで唯一イランに数十頭が生息
2007年06月07日付 Jam-e Jam 紙


【マンスーレ・ナザリー】イラン人も、アラブ人も、その他の多くの民族も、その昔チーターを飼い馴らし、狩りのお供に用いていた。チーターはイヌと同様、従順で賢い動物だ。人間にもすぐに馴れる。しかし近年、チーターの数は減少を続け、人々のチーターへのイメージも変ってしまった。チーターの暮らしや習性についての人々の理解は狭まり、徐々にチーターが危険で有害な生き物であるかのように理解されるようになっていった。

 しかし、知っておいて欲しい、チーターが人を襲ったことなど、これまでなかったということを。チーターはイヌの群れに襲いかかるようなことすらないのだ。チーターは美しく、そして無害なネコ科の動物だ。彼らは人を襲うどころか、人や群をなしたイヌを恐れてしまうような動物である。我が国の多くの人々、特にこの無害な動物が生息している地域に住んでいる人々は、残念なことに、このことを知らない。この地域に生息するチーターが殺されたというニュースも、これまで何度か耳にしてきた。その一方で、チーターは今や絶滅の危機にある動物であり、IUCN(国際自然保護連合)のレッド・リスト(絶滅危惧種)に指定されている。

 恐らく、昔の人々は、チーターを今よりもよく知っていた。彼らはチーターに対して、特別の価値と尊厳を認めていたのだ。



 3700年前の古代エジプトの絵に、チーターを狩り—もちろん生け捕りにして—、王に献上するエジプト人が描かれたものがある。古代エジプト人こそ、チーターを家畜化した最初の人々であった。

 その一方で、チーターを飼育し、飼い馴らすことに誰よりも関心を寄せたのは、インドの人々であった。彼らは穴を掘って、チーターを罠にかけて穴に落とし、捕獲した。それからチーターの目をふさぎ、手なずけ、人間に馴れるようにした。多くの書物や絵が示すところによると、インドの〔ムガル朝の〕アクバル・ハーンの宮廷では、〔王の〕狩猟用に1000頭以上のチーターが飼育・訓練されていたという。

 1世紀前まで、イランでもチーターは狩猟のために飼育されていた。当時のイランの宮廷には、「チーター長」と呼ばれた人がおり、彼らは〔王の〕狩猟のお供をするためのチーターを飼い馴らし、訓練することを生業としていた。このように、かつては人間とチーターの間には、総じて友好的で興味深い関係が成り立っていたのだ。

 アジア・チーターの保護をめぐる問題は、多くの側面を有している。そこで、今回チーターという動物、及びその保護計画について、詳細に説明することにした。まず、チーターの特徴について話し、その上で保護計画について探っていこう。

 アジア・チーターの特徴

 アジア・チーターは世界でもっとも俊敏な動物である。この動物は、たった二秒で、止まった状態から時速75キロに達することができ、最高で時速110キロで走ることができるのだ!さらに、時速110キロで走っている瞬間、歩幅は7メートルにまでなる!しかしこの信じられない速度を実現するためには、多くのエネルギーが必要となる。そのため、この速度で走り続けることができるのは、400〜500メートルほどである。

 とはいえ、この距離で獲物を狩るには十分である。実際、チーターは狩りに失敗することの少ない、数少ない動物の一つである。チーターの狩りの方法は、ネコ科の動物の中でも、特有のものだ。チーターは標的となる獲物を定めると、視力を使って、静かに音を立てずに獲物まで20〜30メートルの距離に近づく。その上で、全速力で獲物に向かって走り、至近距離に近づくと、手を使って獲物の足をつかみ、獲物を転ばせて、すぐさま獲物の首を犬歯で噛み、獲物が窒息死するまでその状態を維持する。チーターが獲物の首を噛み続ける時間は、獲物の種類によって異なるが、20分間続く場合もある。

 驚くべき統計によると、二回狩りをして、獲物を逃すのはたったの一回である。多くの場合、高い走力のおかげで、二匹の獲物のうち一匹は仕留めているのだ。これは、肉食動物の世界では、記録的なことである。

 アジア・チーターは体型の点で、独自の特徴を有しており、速い速度で走ることを可能にしている。頭は小さく丸形で、顎の部分は短く、耳も小さく丸形である。手足は長く、胴はすらっとして長い。また柔軟な背骨をもっている。これらの特徴によって、チーターは容易に前に進むことができるのだ。

 これらの特徴に加え、チーターの鼻孔は広く、呼吸に適している。その結果大きな肺と心臓を獲得し、体の隅々に容易に酸素を送り届けることができるようになっている。さらに、チーターの手足の肉球は固く厚い。体の端にある尾も、長く太い。この尾は船の舵のような働きをし、走る方向を突然変えるときにバランスを保つことができる。

 さらに、チーターにはヒョウと見間違えないための特徴もある。それは、チーターの顔にある涙線のような模様である。この線は黒色をしていて、目の内側の隅の部分から鼻や口の方に延びている。チーターの両目の端にあるこの線は、チーターの顔の美しさを演出しており、チーターをヒョウと区別するときに役立つ。またこの線は、恐らく目を乾燥地帯の太陽の光から守り、狩りをしやすくするという役割を果たしていると考えられる。

 この涙線以外にも、チーターとヒョウを区別する特徴が存在する。ヒョウはチーターに比べて大きな体格をしており、体は強く筋肉質である。チーターの頭と胴体の長さは、112センチから137センチであり、尾の長さは64センチから86センチ、肩までの高さは71センチから84センチである。体重は34キロから54キロである。雄のチーターは雌のチーターに比べて少しだけ大きい。成獣は、あまり鋭くないツメをもち、内側に半分食い込んでおり、その他のネコ科の動物と異なり、ツメをしまうことができない(しかし、6ヶ月までの子供のチーターは、ツメをしまうことができる)。

 チーターの性的成熟は、生後約20ヶ月のときに起きる。妊娠期間は95日で、一度に産む子供の数は、1頭から6頭、通常は4頭から5頭である。子供は産まれとき、体重約300グラム、体長約30センチである。産まれた子供の色は、暗い灰色をしており、背中には長い毛が生えている。この体毛には、いくつかの利点がある。

 一つは、チーターは開けた平原地帯に暮らしており、灌木だけが生えている水の少ない乾燥地域では、この体毛はチーターの子をカモフラージュするのに役立つ。このようにして、チーターの子供はそれを狙う捕食者から自らを隠すことができるのである。また、この体毛によってチーターの子は、アナグマといった攻撃性の高い動物に自らを似せることができ、そうすることで自らを守ることができる。

 さらにチーターの子は生後6ヶ月になるまでツメをしまうことができるが、そのため子供は木を登ることができる。子供は生後18ヶ月になると、母親から離れる。その後、子供たちは同じ乳で育った兄弟たちと、6ヶ月間一緒に過ごすことがある。

 2歳になると、雌の兄弟は他の兄弟たちのもとを離れるが、雄の兄弟は一緒のままである。実際のところ、雄は単独生活をするか、あるいは同じ血を分けた兄弟たちと一緒に暮らすかのいずれかであるが、雌の場合は子供を育てている時を除いて、専ら単独で生活する。

 〔雄の〕群れの一部は、雌のチーターを交尾の相手として獲得するために、自らのなわばりを作る。このようななわばりは、多くの場合、獲物や水が十分に存在する場所に作られる。交尾の季節になると、どの雄も自らのなわばりを作る。この季節、群れの雄の間で、自らのなわばりを守るための激しい争いが起こる。

 総じて、チーターは独自の社会システムを有している。イランではチーターに関する特別な研究が行われていないが、アフリカで行われた研究では、雌のチーターは子供の世話をしている時以外は、単独で生活をしていることが分かっている。雄のチーターが子供の世話をすることはない。子供は生後18ヶ月間、母親の元で暮らし、狩りの方法や、ヒョウやハイエナ、オオカミといった捕食者の攻撃から逃げる方法を学ぶ。

 チーターは通常、早朝か日没時に狩りを行う。獲物—大抵は自分よりも弱い動物だ—を選ぶと、次に気付かれないようにそれに近づき、その上で不意打ち攻撃をかける。このとき、獲物を追いかける時間は大抵20秒ほどで、1分を越えることはほとんどない。ときに、オオカミのようなその他の捕食者が、チーターが仕留めた獲物を横取りすることもある。チーターは、ヒョウのように仕留めた獲物を他の肉食動物の手の届かないところに隠すということができない。そのため、一度獲物を食べると、多くの場合残りは捨ててしまう。

 イランのチーターは主に、ガゼルやヒツジ、カモシカ、ヤギ、野ウサギなどを食糧としている。これらの動物もまた、通常平原に住んでおり、チーターの生息地と重なり合っている。

 チーターの生息地

 総じて、チーターはアジア大陸やアフリカ大陸の平原地帯や丘陵地帯に暮らしている。世界中でイランだけに、アジア系のチーターが生息しているということができる。アフリカ系のチーターも、北アフリカとアフリカ南部にのみ生息しているにすぎない。かつて、アフリカの多くの国にチーターは生息していたが、これらはすべて絶滅してしまった。北アフリカのアルジェリアに50頭ほどが生存しているが、これらのチーターは痩せ細り、体格も小さく、弱々しい。これに対して、アフリカ南部には、力強く見た目も美しいチーターが暮らしている。

 約20年前、ローリー・マーカーさんがナミビアでアフリカ・チーターの保護する計画を立ち上げた。この特別プロジェクトによって、ナミビアのチーターの数は増加した。ナミビアのチーター保護地域では、チーターは自らの生息地や野生生活を維持するための広大な土地を享受している。

 ローリー・マーカーさんの考えでは、チーターは生態系に重要な役割を果たしている。チーターが暮らす地域では、チーターの毎日の狩りの対象となる〔草食動物の〕群れは、秩序を保ちながら、草原の草を利用する。ところが、チーターの数が少なくなると、草原の草と〔草食動物の〕群れの間に成立していたシステムはバランスを失ってしまう。実際、捕食動物と被捕食動物はともに、重要なシステムを構成しているのである。

 全体として見た場合、ナミビアを含むアフリカ南部で過去20年間行われたプロジェクトは成功であったといえる。アフリカ系チーターの保護を目的としてナミビアで行われたプロジェクトでもっとも重要な仕事は、チーターを人間と和解させることだったといえるかもしれない。この地域の専門家らは、人々、特に農家や畜産家らとチーターとの和解を進め、チーターが人間にとって危険で有害な動物ではなく、一週間もすれば人間に馴れるということを教え示したのである。実際、畜産家がチーターの生息域に入らなければ、チーターが人間の家畜に手出しすることはないのである。

 こうして、人々がチーターを知ったことで、そして現実に人間とチーターの友好関係が確立されたことで、チーターという弱く敏感な種が保護されたのであり、現在この地域の平原には、多くの美しいチーターが快適に暮らしているのである。

 イランでの生息地

 イランでは、チーターは主にキャヴィール平原に暮らしており、ケルマーン州、ホラーサーン州、セムナーン州、ヤズド州、テヘラン州、中央州にまたがっている。現在、この広大なステップ・乾燥地帯は、アジア・チーターにとって最後の避難所となっている。

 ここ20年間、この広大な地域から寄せられるチーター目撃情報は目に見えて減少しており、数少ない目撃情報はキャヴィール国立公園、トゥーラーン地方、ナーイバンダーン地方、アンジール渓谷、ミヤーンダシュト、及びホシュイーラーグの各地域からのみもたらされている。

 他方、46年から57年〔1967年から1978年〕の間には、テヘラン州(特にキャヴィール国立公園)、セムナーン州(トゥーラーン地方、ホシュイーラーグ地方、及びその周辺)、ホラーサーン州(ミヤーンダシュト地方、及びタバス周辺地域)、ヤズド州(カールマンド地方、その他バーフェグ、メフリーズ、タフト、及びヤズド市の各周辺地域)、エスファハーン州(フーテ、及びコラーフ・ガーズィー地方)、ファールス州(ハバルヴァル、及びチューン地方)、マーザンダラーン州(ゴレスターン国立公園)、ホルモズガーン州(ハージーアーバード周辺)の各州から目撃報告がなされ、またスィースターン・バルーチェスターン州(ハームーン・サーベリー周辺、及びバムプール地方)、さらにはケルマーンシャー州のナフトシャフル地方からも、ドキュメント化されていないものの、目撃情報が寄せられていた。

 このようにイランの広大な地域にチーターが点在してきたことで、チーターの研究や映像・写真撮影は非常に困難であった。最近では、キャヴィール国立公園、アンジール渓谷、及びバーフェグ地方の他、タバスのナーイバンダーン野生生物保護地域、ならびにセムナーンのハールトゥーラーン国立公園が、チーターがいまだに目撃されている数少ない場所となっており、これらの地域では数少ないチーターの生き残りを保護する活動がなされている。(フーマン・ジューカール氏の学士論文による)

 アジア・チーターを脅かす要因

 全体的に言って、二つの要因がイランに住むアジア・チーターの生存を脅かしている。一つ目は、チーターの生息地域が破壊されているという要因であり、これはもっとも重要な問題である。農業や工業、鉱物資源の採掘などの拡大、家畜の数の増加、そしてその結果起こる草原を覆う植物の消滅など、すべてがチーターが生息地域を失う原因となっている。

 チーターが暮らす地域で家畜の過放牧が行われると、一方で植物の消滅と沙漠化を引き起こし、他方でチーターにとってもっとも適した食糧である有蹄類がその地域からいなくなってしまう。この問題は保護地域や国立公園ですら起きており、保護下にある地域でもチーターは危険に曝されているのである。

 現在、チーターは自らの本来の生息地域と塩漠地域の境界に暮らしている。もしこれらの地域への人間の進出・侵入が続けば、もはやチーターのための場所はなくなってしまい、人間と同じ地域を共有せざるを得なくなってしまうだろう。こうなってしまうと、別の問題が起きる。人々は無知ゆえに、チーターを殺してしまうこともあるし、また幹線道路沿いで〔車に轢かれて〕チーターが死んでいるとの報告も耳にすることすらあるのだ!

 生息地域の破壊は無数の直接的・間接的影響を及ぼすが、それ以外にも別の危険がこの問題には存在している。なかでも、野生動物の狩猟の問題を指摘することができる。密猟者は、生態系におけるチーターとその獲物となる動物の重要性を理解しておらず、密猟は彼らにとって取るに足らぬ犯罪であるとみなされている。

 そうでなくとも、毎年300発の弾とともに、約100万もの狩猟許可証が正式に発行されており、このような許可証の発行を止めることが必要だ。

 もちろん、残念なことに、密猟を監視することは困難だ。例えば、チーターの生息地は、産業上・通商上重要な鉱物資源が豊かで、鉱工業省によって開発が進められている。鉱物資源の採掘はそれ自体問題ではないが、しかし採掘に伴い道路の整備が行われ、その結果チーターの住む地域がすべての人、中でも密猟者にとって入りやすい場所になってしまうのである。

 残念ながら、チーターは神経質で怖がりな動物であり、新たな環境に簡単に適応することができない。十分な量の食糧がある安全な地域が、チーターには必要である。もしこのような条件を動物から取り上げてしまえば、絶滅は時間の問題である。

 現在、50頭から60頭のチーターがイランで生き残っているが、その生息地はさまざまな地域に点在している。この動物は生活に適した環境がなくなれば、すぐに別の場所に移ってしまうことが、点在の要因となっている。まさにこのことが理由で、チーターの生活状況や繁殖状況、詳細な様子などを知ることは困難である。さらにこの問題によって、チーターの様子を収めた写真やフィルム、あるいは目撃情報が専門家たちによって提供される可能性が極めて低いものとなっている。

 イランのチーターは、極めて過酷な状況の中で生きている。彼らが人間から離れた安全な場所を確保するため、乾燥し水の少ない草原塩漠地帯に逃げ込んだが、そのような地域で生き残ることができる可能性は極めて低いといわざるを得ない。

 われわれはみな、この特別な種を理解し、その価値を知る必要がある。世界の多くの人々の目は、イランに生息しているアジア・チーターに向けられているのだ。この地域のすべての国、そしてアジア全体に住んでいたチーターは、すでに絶滅し、ただイランにのみ生き残っている。チーターは、かつてイランに生息していたネコ科の動物(トラやライオン)の象徴となってしまうかもしれないし、イランの名はネコ科動物の揺りかごとして、記憶されるかもしれないのである。

 これらの問題がきっかけとなって、アジア・チーターの保護計画が、いくつかの国際機関の協力の下、数年前から始まっている。次に、保護計画及びその目的について、見ていこう。

 アジア・チーター保護計画

 アジア・チーター保護計画は、イラン環境保護庁(DOE)、国連開発計画(UNDP = United Nations Development Programme)、地球環境ファシリティ(GEF = Global Environment Facility)、野生生物保護協会(WCS = Wildlife Conservation Society)、チーター保護基金(CCF = Cheetah Conservation Fund)、及び国際自然保護連合(IUCN = International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)といったさまざまな国内機関・国際機関が参加する多角的プロジェクトであり、2001年9月10日に始動した。

 このプロジェクトの目的は、アジア・チーター、さらにはイランの希少生物、及び絶滅危惧生物全体、そしてそのような生物が暮らす生息地を保護することにあり、このような保護活動は地域の組織の支援と協力によって行われる。もちろん、この目的を達成するには、参加型の保護活動の実施、人々一般への教育と啓発、法律や規制のより良い施行のための直接的な施策、そして保護活動に関連した分野についての広範な研究が必要であることは、いうまでもない。

 これらに加え、チーターのおかれた状況の改善のためには、増加が期待されるチーターの群れが、プロジェクトの主要な活動によってもたらされる長期的影響をうまく利用できるような施策を講ずる必要がある。チーターやその生態環境、チーターが暮らす生態系のシステム、そして人間の活動がチーターの生存に及ぼす悪影響などに関する科学的知識は増加傾向にあり、それはチーター保護活動全体に影響する。このプロジェクトの重要な成果の一つは、まさにこのような情報を収集することなのである。翻って、このプロジェクトで得られた経験は、その他の国々の環境保護に携わる地域組織や機関にとっても、有用であろう。

 プロジェクトの成功のためには、各機関が絶滅の危機にある種を保護し、その生息地を守ることを目指して、各機関が運営上の協力を効果的に行うことが必要不可欠である。国連地球環境ファシリティとともに、イラン政府や政府系機関、そしてその他の非政府組織もまた、保護活動のマネジメントに関する経験の蓄積に寄与し、傷つきやすい乾燥地域のためにその経験を活かすことができるだろう。実際このこと自体、生物多様性条約において重要な課題とされているのだ。

 このプロジェクトにとってもっとも重要な原則とは、参加型の保護活動を行うことであり、それがプロジェクトの成功の鍵を握るだろう。地域参加型の保護活動計画には、計画の立案、保護地域を決めるのに利用するための新たな地域の区分け、地域用の新たな規則、特に資源の利用法を定めた規則の策定、土地の再生と沙漠化防止のためのイニシアティヴ、そして現行法のより良い活用などが含まれる。

 もちろん、プロジェクトをより成功させるためには、チーターの自然の居住地にほど近い場所で生活を営む人間の福祉と安寧のための社会的・経済的イニシアティヴも必要だ。これらの地域に住む人々の文化的・経済的水準が高くなれば、同地域の自然環境や生態系、野生生物に害が及ぼされる危険性も低くなるからだ。

 これに関連し、プロジェクトの事務局がパルディーサーン自然公園内に設立され、国内外の経験豊かな専門家を活用して、業務を行っている。また、チーターが生息するさまざまな地域に遠隔操作のカメラを多数取り付け、アジア・チーターの生息数の推定作業を行っている。

 最新の情報によると、ナーイバンダーン野生生物保護地区に二ヶ月前から設置された遠隔カメラから、アジア・チーターの写真が約11枚撮影されたとのことである。これらの写真の中には、二頭のチーターの子供が写っており、昨年生まれたチーターであることが分かる。もちろん、これらの遠隔カメラはチーター保護計画に多大な貢献を行っているだけでなく、保護地域に暮らす野生生物一般について数百枚の写真を専門家にもたらしている。これらの写真は、その他の種の保存にも寄与するはずだ。

 もちろん、さまざまな希少動物の多いイランは、絶滅が危惧される種の数も少なくない。そのような中で、アジア・チーターは国内外からの注目を浴びるなど、絶滅から救われるチャンスが少しだけ多いが、その他の種が今後どのような運命を辿るかについては、神のみぞ知るという状態にある。このプロジェクトがイランで行われている現在、世界の人々の注目はイランがアジア・チーターを絶滅の危機から救うことができるのか、ということに関心が注がれているのである。

 今やイランでのみ生き残っているアジア・チーターの保護は、さまざまな国際機関の注目の的となってきた。この美しいネコ科の動物は、かつてアジア大陸の広大な地域に生息していたが、残念なことに、この種はこれらの地域から姿を消し、イランの限られた地域にのみ生き残りがいるだけとなっている。そして、イランにいる少ない数のアジア・チーターもまた、絶滅の瀬戸際にいるのだ。

 そのような理由から、数年前から、すなわち1380年〔2001年〕から、「アジア・チーター保護計画」という名称のプロジェクトがイランで開始された。このプロジェクトは、いくつかの国際機関の協力の下活動を続けており、特定の目的を視野に入れている。これらのプロジェクトはいずれも、政府の側からの、そしてそれに続いて市民の側からの協力が必要である。このプロジェクトの成功にとってもっとも重要なのは、政府と市民がチーターのような希少種の重要性と、それが今イランで危機に瀕しているということを知ることである。一般の人々の啓発には、多くの努力が必要だ。このプロジェクトの目的は、以下のようにまとめることができよう。

・エコロジーの重要性とチーターの生息地に存在する地域社会の経済的・社会的必要性に基づいた、実施計画の策定

・チーターとそれに関連する種の保護に参加することに対する、一般の人々、特に特定の生息地の周辺に暮らす人々の理解の向上

・特定の生息地をより望ましいかたちで保護することを目的とした、環境保護庁の職員たちの教育

・チーターとその他の野生生物種の保護を目的とした、環境保護庁関連の法律の強化

・プロジェクトの事務局は、自然環境やアジア・チーターに関心の高い人々や専門家たちのために、プロジェクトについてのインターネット・サイトを開設している。プロジェクトについて関心のある方は、以下のサイトを参照して欲しい。

http://cheetah.irandoe.org/



 コラム:アジアでチーターがいた場所

 さほど遠くない昔、イラン以外にもインド、トルクメニスタン、イラク、パキスタン、アラビア半島など、アジア大陸の沙漠地帯の周辺部に、アジア・チーターは生息していた。しかし残念なことに、この種はイランを除くすべての国から、姿を消してしまった。現存する記録によれば、インドに生息していたチーターは、1947年に3頭の群れが確認されたのが最後となっている。

 「チーター」という名称は、インドでもともと呼ばれていた名称であり、それが国際的に流通していった。ところがインドでは、チーターは生息地を失ったことで、絶滅してしまった。その他、チーターの捕獲・飼育も、インドでのチーターの絶滅の原因とされている。というのも、チーターは捕獲され、飼い馴らされると、繁殖活動をしなくなってしまい、世代が続かなくなってしまうのである。もちろん、インドのさまざまな環境団体は、同国政府にイランからアジア・チーターを輸入するよう求めているが、これまでのところ、この問題をめぐって合意は得られていない。

 アラビア半島にチーターが生息していたことを示す最後の資料は、1970年代にさかのぼる。アラブ諸国もまた、この独特の動物を自国の沙漠で目撃することを願い、そのために多くの努力を重ねている。彼らは沙漠や平原のさまざまな地点で遠隔カメラを動かしているが、今のところチーターの目撃には成功していない。アラブ首長国連邦といった国々のアラブの貴族たちもまた、遠い過去にチーターを狩りに利用していたが、いまだに巨額の費用も厭わず、チーターを手に入れようとしている姿を見ると、彼らは単に、チーターはいると自らに言い聞かせているだけなのかもしれない!

 トルクメニスタンの沙漠地帯でも、1980年代までチーターの存在を示す報告がなされていたが、今日では人間が立ち入ることのないイラン沙漠地帯の周辺地域の狭い箇所でのみ、少数のチーターが生き残っているだけとなっている。アジア・チーターはイラン・チーターと言われているのも、このためである。

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( 翻訳者:斎藤正道 )
( 記事ID:11152 )