「モウラーナーがイラン人であることに議論の余地はない」:モウラーナー生誕800年記念国際会議での記者会見で
2007年10月24日付 Jam-e Jam 紙

【文芸部】モウラーナー〔※1〕生誕800年記念会議に関する記者会見が、昨日文化イスラーム指導省文化担当次官で、同会議の専門部会のメンバーでもあるモフセン・パルヴィーズ氏出席の下、「文人の館」で行われた。

 このプログラムの冒頭、文化イスラーム指導省のハミード・ゴバーディー文化担当次官補佐は、「モウラーナー生誕800年記念会議は、ゴラーム・アリー・ハッダード=アーデル氏〔国会議長〕を議長として、マフムード・アフマディーネジャード博士やモハンマド・ホセイン・サッファール=ハランディー氏〔文化イスラーム指導相〕を演説者に迎え、アーバーン月6日〔10月28日〕から「首脳会議」ホールにて開会する予定だ」と語った。

 同氏は続けて、「開会式の後、アーバーン月6日と7日の両日に、学術的な講演が行われ、その後アーバーン月8日から10日にかけて、文化遺産観光庁の後援の下、タブリーズとホーイ〔※2〕の両市にて会議が続けられることになっている」と述べた。

 議論の余地はない

 モフセン・パルヴィーズ次官もこの記者会見の席上、記者らに対して次のように語った。「2007年がユネスコによりモウラーナー年と命名された後、ハッダード=アーデル博士〔国会議長〕やモハンマド・ホセイン・サッファール=ハランディー氏〔文化イスラーム指導相〕、モハンマド・メフディー・ザーヘディー氏〔科学技術相〕、その他さまざまな機関の代表者たちが出席した会議が行われ、ユネスコの前イラン代表であるアフマド・ジャラーリー氏の報告により、イラン、トルコ、アフガニスタン、エジプトの4カ国が2007年をモウラーナー年と命名することを提案したことが発表された」。

 パルヴィーズ次官は続けて、モウラーナー記念本部で行われた複数の会議について言及し、「これらの会議では多くの問題が提起されたが、中でもモウラーナーの思想を『横領』するようなことは可能か、そしてモウラーナーがイラン人であるということについて、他国と論争すべきかどうかをめぐって、議論が提起された」〔※3〕と述べる。

 その上で同次官は、「モウラーナーの作品は、彼がイラン人であることを証明しており、議論の余地はない。モウラーナーはペルシア語を話していた文人であり、このことはすでに証明されている。もし他国が何事かをしたい〔=モウラーナーについての記念行事や国際会議などの開催を指すものと思われる〕というのであれば、われわれはそれを歓迎すべきであるし、邪魔立てすべきものではない」と強調した。

〔後略〕



訳注:
※1:モウラーナーは現在のアフガニスタン・バルフで生まれ、現在のトルコ・コンヤで活躍したペルシア語神秘主義詩人で、「ルーミー」の名で有名。イランでは通常「モウラーナー」あるいは「モウラヴィー」と呼ばれる。トルコでの呼び名は「メヴラーナ」。

※2:タブリーズもホーイもともにイラン西部アゼルバイジャン地方の都市で、ホーイはトルコ国境にきわめて近い。

※3:ルーミーは現在のアフガニスタン出身であることから、「彼はアフガニスタン人だ」と言うこともできるし、ペルシア語詩人であるということから「彼はイラン人だ」と言うこともできる。また、彼が活躍した主な場所が現在のトルコ領にあるので、彼を「トルコの誇り」とすることも可能である。ここで述べてられている「横領」とは、「イラン人」ルーミー(とその文化的成果)をアフガン人、あるいはトルコ人(の文化的成果)であるなどと「偽称」する行為を指すものと思われる。なお、「ルーミー」とは「ルームの人」を意味し、「ルーム」とは「ローマ」、つまりかつて東ローマ帝国が支配していたアナトリア地方をはじめとする領土を指すため、イランでは「ルーミー」という名称はあまり好まれない。

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( 翻訳者:斎藤正道 )
( 記事ID:12280 )