不均衡発展の代償:大都市に広がるスラム街(上)
2013年06月09日付 Jam-e Jam紙


大都市の多くに存在するスラム街は多くの社会問題の発生源

郊外のスラム街の住民の大部分は、これといって失うべき資産をもたない移住者たちから成っている。彼らは大抵、かつて小都市で暮らしていたが、大都市へと移住することで最低限の望みを叶えようとしている人たちである。

【社会部:アミーン・ジャラールヴァンド】郊外のスラム街をめぐる問題は、都市生活にとって慢性的な問題と考えられており、それがもたらす社会的病理は遅かれ早かれ、都市住民すべてに影響を及ぼすだろう。

 一部の市民が都市の周縁部やへんぴな場所、ないし〔都市生活上のサービスを受けられない〕貧しい地域に非正規に住み着くことで、スラムという名の現象が生まれる。都市周縁部に住む住民だけでなく、その他の市民も、この現象がもたらす問題から逃れることはできない。

 スラムは、規模の大小はあれ、国内のほとんどの都市に存在するが、しかしこの社会問題は特に大都市で見られるものである。

 貧困とスラムの間に直接的な関係があることに、疑う余地はない。一部の市民は大都市の中心部に居住・生活することができず、安全面と設備面で劣る大都市の周縁部に避難せざるを得ない。まさにこのことが、社会的・経済的正義が国内の大都市で実現されない限り、スラムという問題も解決しないという理屈を証明しているのである。

イランにおけるスラム街の出現

 「スラム街」という用語には、同義語、類義語が多数存在する。「都市における土地の違法占有」、「あばら小屋街」、「ほったて小屋街」、「ブリキ街」などが、スラム街を形容する際、最も一般的に用いられるものである。

 スラムは不快な社会現象の一つで、さまざまな形態で発生する。多様な定義に頼らずとも、スラムとは都市部における非正規居住の一形態であり、移住や貧困のために、人々がへんぴで都市設備の整わない地域に居住せざるを得なくなって形成されたもの、と言うことができよう。

 社会学者で大学講師を務めるムーサー・ヘドマトゴザール=ホシュデル博士はジャーメ・ジャムとのインタビューの中で、次のように述べている。

50年代〔=西暦でほぼ1970年代〕こそ、イランにおけるスラム現象の出発点と考えていいだろう。この辺りから都市の近代化が一般化し、農家の土地が多く失われるとともに、単純労働者の需要が高まった。当時の日々増加する単純労働者に対する需要が、〔建築労働者らによる〕都市周縁部での一時的居住が広まった原因となったのである。

 同氏はさらに、「50年代以降、イランでは都市部の人口が日増しに増加した。例えば、90年〔=西暦2011年〕の国勢調査によると、現在70%以上の人口が都市部に居住しており、そのうちの多くが都市周縁部に居住しているのである」と続けた。

移住から名もなき存在へ

 スラム現象は〔農村部や地方都市から都市部への〕移住問題と密接な関係にある。実際、スラム街に住む人々の大部分は、都市の中心部に住む場所を見つけることのできなかった移住者たちなのだ。

 ヘドマトゴザール博士は、「スラム街に住むほとんどの人々は、失うことのできるような特別な資産をもたない、移住者たちから構成されている。彼らの多くはかつて小都市に住み、わずかな希望を持って大都市に移住してきた人々だ。実際に、大都市の魅力が貧しい移住者たちを大都市の周縁部に駆り立てる要因となっている、と指摘することができよう。まさにこの要因こそ、スラム街の拡大を促しているのである」と付け加えた。

つづく


Tweet
シェア


つづきはこちら

 同じジャンルの記事を見る


(翻訳者:8409065)
(記事ID:30486)