トプカプ宮殿所蔵写本の悲惨な状況・・・
2013年07月29日付 Zaman 紙


イスラム史の最も貴重な書物が収められているトプカプ宮殿の「写本図書館」の状態は悲惨なものである。写真は2009年12月4日に撮影されたものであるが、3年半が経った今でも具体的な対策はとられていない。
トプカプ宮殿の文書館は2つのセクションからなる。一つは、オスマン朝から残る資料を収めた資料館、もう一つは「写本図書館」である。計2万2,000冊をおさめた文書館全体が非常に貴重な存在である。
ミニアチュールで装飾された約3,000冊の写本は特に価値が高い。しかし残念ながら、写真はイスラム圏の歴史と地理における最も重要な財産を収めたトプカプ宮殿の写本の状態が良好でないことを示している。信じがたいようなこれらの写真は、2009年12月4日にトプカプ宮殿護衛隊長(Silahtar Ağa)の間で撮影された。

2009年12月8日、県文化局に提出された文書には、書物がこのような状態に陥った経緯について次のように書かれていた。
「トプカプ宮殿博物館局が管理する写本図書館は、改修のため長い間閉館されており、同図書館に収蔵されていた書物は、小包の形で博物館の宝物の間と呼ばれる場所で保管されている。写本図書館に収蔵されている書物のうち印刷物にあたるものは、一時的に博物館が管理する新図書館へ移されている。2009年12月4日金曜日11時頃、移動の際に、安全責任者のオメル・ギュル氏が、印刷物の入った包みのうち床に触れていたものの一部が湿気の影響を受け、中の書物もダメージを受けているのを発見し、我々もそれを確認した。本件は速やかに写本図書館責任者の一人であり博物館副局長であるギュレンダム・ナキップオール氏へ報告された。2009年12月7日月曜日、写本図書館責任者の一人であるゼイネプ・アクバシュ氏の指示を受け、書物の包みは博物館の清掃員によって元の場所から移され、ダメージのあるものは修復のため他の史料と分けられた。修復のために分けられた史料の目録を、文書に記述するためゼイネプ・アクバシュ氏に要請したが、我々には知らせられていない。」

■ヒュンキャル・メスジディ(スルタンの小モスク)を倉庫として使用
宮殿内のレヴァン、バーダト、ハレムなどのキョシュクから集められた写本は、エンデルン(内廷)の真ん中に図書館として建てられたアフメト3世図書館に収まりきれず、ヒュンキャル・メスジディへ溢れている。宮殿には10のメスジトがあり、そのうちの一つがメルケズ(中心)・ジャーミーとして知られるスルタンのメスジトである。スルタンはここで礼拝を行なったため、他のものと建築様式が異なる。このメスジトは長年の間、本の保管所として使われてきた。その後、改修と空調の設置のため工事とメンテナンスが行なわれ、保管されていた書物は護衛隊長の間へ移された。写真はそのとき撮影されたものである。

■修復専門家はたった1人
匿名を希望するある職員に取材したところ、3年半が経った今でも書物の(保管)状態に変化はない。そもそも宮殿には修復専門家が一人しかおらず、その人物も一か月前に採用されたばかりである。
問題は修復や保存にとどまらない。トルコの文化財の象徴的存在であるトプカプ宮殿の文書館がこのような状態であること…。今日まで資料が分類されていないこと、資料と同様に写本がデジタル化されていないこと、数多くの研究者が繰り返し述べてきたように研究者に対し史料が公開されていないこと…。
トプカプ宮殿所蔵の写本についてはシュレイマニイェ写本図書館が、オスマン朝資料については首相府オスマン朝文書館が、それぞれ修復とデジタル化のために引き継ぎたいと申し出、機関の間で協定が結ばれた。しかしこの協定は、「どの機関がこれらの(史料の)使用権利を得るか」という問題のせいで、施行されずにいる。
我々は文書館の状況について宮殿の関係者に問い合わせたが、彼らの言葉からも文書館では何も変わっていないことが分かる。宮殿の最初の中庭にある造幣局(Darphane-i Amire)を図書館を併設した研究施設にするという優れたアイディアもあるが、実現に向けた具体的な動きはない。



本記事はAsahi 中東マガジンでも紹介されています。

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( 翻訳者:篁日向子 )
( 記事ID:31008 )