ボスニアの若者たちが抱く「ダーイシュ・ドリーム」(3)
2015年07月01日付 Jam-e Jam紙

 もう一つの問題は、サラフィー系のグループが公的なモスクから離れた状態で〔‥‥〕自らの活動を続けていることである。これらのグループの財源の多くは、ペルシア湾岸諸国から提供されたものである。

 このリポートの著者らは、ボスニア人ジハーディストらについて3年間にわたって調査を行った結果、彼らを2つのグループに分けている。一つは1992年から1995年にかけて、アラブ諸国から来た義勇兵部隊とともに、ボスニア内戦に参加した経験をもつ古兵らであり、もう一つは過激でイデオロギー的なスタンスを有した若者たち、の二つである。

 さらに残念なのは、ダーイシュに参加したボスニア人の約3分の1には刑事事件を起こした前科がある、ということである。

 ボスニア国内に存在する2つのライバル〔※ボスニア・ヘルツェゴビナを構成するボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国〕の間の確執が、この国の経済低迷の原因となっており、そのため失業率は約63%に上っている。この数字は、世界で最も高いと考えられている。この危機的状況を解決できずにいることが、これまで以上にボスニアがダーイシュにとって最適の草刈り場となっている原因なのである。

 こうした中、西洋諸国の当局者らは、多くの欠陥・問題を抱えてはいるものの、ボスニアの治安・諜報機関にはシリア・イラクからの帰国組の危険に対処するだけの能力があると考えている。しかし、ボスニアの経済・社会状況が原因で、この問題がこれまで以上に悪化するのではないかとの懸念も、いまだに存在するのも事実である。

 今年に入って起きた唯一のテロ事件として、セルビア人の多く住むズヴォルニク〔※スルプスカ共和国(セルビア人共和国)に属するボスニア・ヘルツェゴビナの都市〕出身の27歳の若者が警察署を襲撃し、警官1名を殺害、2名を負傷させた事件が起きた。捜査の結果判明したのは、この事件の犯人は最近になってシリアから帰国したある人物と近い関係をもっていた、ということであった。

 セルビア人の指導者たちはこの事件を、多数のテロ容疑者を逮捕するための「前口上」として利用している。彼らはまた、警察内に新たなユニットを結成したことも明らかにしている。

 この事件の後、セルビア人地域〔※スルプスカ共和国のこと〕のドラガン・ルカチ(Dragan Lukac)内相は、ボスニアにおけるこの問題の今後を予感させる言葉を、テレビを通じて述べている。「今回の襲撃は、ボスニア・ヘルツェゴビナでもっと恐ろしい事件が起こる先触れとなり得るものだ」。

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(翻訳者:MSM)
(記事ID:38332)