「この臓器、売ります‥‥」―競売にかけられる身体(7)
2015年09月09日付 Jam-e Jam紙

 この限られた紙幅で指摘できるのは、腎臓提供に関する広告が法律で禁止されているにもかかわらず、依然として多くのブローカーの姿が見られるのは、一体どうしてなのか、という疑問である。ブローカーたちは、一方では腎臓病を患う人々を、他方では貧困にあえぐ無力な人々を見つけ出すことで、この不幸な人びとからなる2つのグループの間に座って、宴を催しているのである。臓器ブローカーとは、病人と困窮者の間を仲介することでメシの種を作り出す人びとなのだ。

 腎臓提供に関する広告の禁止が〔実際の〕抑止効果をもたないことについて、〔その理由を〕簡潔かつ誰にでも分かる形で指摘するならば、次のようになろう。

 すなわち、正式な形でドナーらに与えられる「献身的贈与」〔という名誉ある称号〕や、レシピエント(臓器の受容者)や慈善団体からの謝礼金という名目でドナーに与えられる金額は、ドナーの側の合理的ないし数学的計算によれば、間尺に合わないのであり、より高い価格で売るために、彼らは自分の腎臓をブローカーたちの手に委ねることを選択する、ということである。

 それ故、腎臓ブローカー業が一職業として成立しているのも当然なのである。

〔‥‥〕

 国内の人口の相当数を占める腎臓病患者群のための財源の確保ないし割り当てに、政府が積極的に関与したり、こうした患者らの治療費をカバーする保険基金がしっかりと機能すれば、臓器ブローカーたちの影響力も減衰させることができ、さらには国内の健康指標の向上にも資するのではないだろうか。

 しかしこうした対策が行われない場合、患者と貧窮者の間をつねに「つなぐ」〔※〕のは、ブローカーたちとなってしまうだろう。

※訳注:ここで用いられている「つなぐ」の語は、「移植」の語と同一。臓器ブローカーは臓器のドナーとレシピエントを金銭的取引という点からも、臓器の点からも「つなぐ」存在となっている、ということを表現している。

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(翻訳者:KN)
(記事ID:38711)